ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:sesuisho:n_sesuisho1-129

醒睡笑 巻1 無智の僧

4 人ありて千部の経を執行せらる・・・

校訂本文

<<PREV 『醒睡笑』TOP NEXT>>

人ありて千部の経を執行(しゆぎやう)せらる。施物(せもつ)は米二石なり。志の沙門は兼日(けんじつ)より集会(しふゑ)あるべきむね、触れ歩ありく。

ある一村に本覚坊・法蔵坊とてあり。両寺の中に、法蔵坊は法華八軸(ほつけはちぢく)をそらに誦する達者なり。本覚坊は妙法の二字をも覚えず。

この触(ふれ)まはりてより、本覚、思ひたくむやう、「二石の米を取り逃がさんは不覚なるべし。所詮(しよせん)、法蔵坊を頼み、わが向うの座になほし置き、大衆(だいしゆ)まねをせんに子細あらじ」と出仕をとぐる。

かくて導師、経を始めければ、本覚読みける言葉、「法蔵坊は俺を見る。俺はまた法蔵坊見る」と読むに、少しも読経にたがはず。さりながら、経(きやう)早口になれば、導師、磬を打ちきると、本覚一人、「法蔵坊」といひけり1)。「何ぞ」と返事あれば2)、「山椒(さんせう)を参るか」と。

<<PREV 『醒睡笑』TOP NEXT>>

翻刻

一 人ありて千部(せんふ)の経を執行(しゆきやう)せらる施物(せもつ)は
  米二石なり志の沙門は兼日より集会有へ
  き旨触ありくある一村に本覚坊法蔵坊とて
  あり両寺の中に法蔵坊は法花八軸(ちく)をそらに
  誦する達者なり本覚坊は妙法(めうほう)の二字をも
  おほえす此ふれまはりてより本覚思ひたく
  むやう二石の米をとりにかさんは不覚なるへ
  し所詮法蔵坊をたのみ我むかふの座(さ)にな/n1-62l
  をしをき大衆まねをせんに子細あらしと出仕
  をとくるかくて導師経をはしめけれは本覚
  よみけること葉法蔵坊はをれを見るをれは
  又法蔵坊見るとよむに少も読経にたかは
  すさりなから経はやくちになれは導師磬(けい)
  をうちきると本覚ひとり法蔵坊もいひ
  けりなむそと返事のれは山椒(せう)をまいるかと/n1-63r
1)
「といひけり」は底本「もいひけり」。諸本により訂正。
2)
「あれば」は底本「のれは」。
text/sesuisho/n_sesuisho1-129.txt · 最終更新: 2021/05/26 12:59 by Satoshi Nakagawa