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text:sanboe:ka_sanboe3-31

三宝絵詞

下巻 十一月 31 仏名

校訂本文

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仏名(ぶつみやう)

仏名1)は律師静安(りつしじやうあん)が承和の初めの年、深草の御門2)を勧め奉りて始め行はせ給ふ。後にやうやく天(あめ)の下にあまねく勅(ちよく)を下して行なはしむ。

静安律師思はく、「仏名経を書き、一万三千仏を写して、公家(おほやけ)に奉らむ」と思ふ。すなはち経を書き進(まゐ)らす。すなはち国々に分かちつかはしつ。いまだ仏を書くに及ばざるに、静安が命終はりぬ。

その弟子、元興寺の僧賢護(けんご)、「先師の志をとげむ」と思ひて、一万三千の仏を七十二鋪(ふ)書きて、公家に奉れり。内裏の料(れう)をば図書寮(づしよれう)に置きて、そのほかは官々国々に分かち奉り3)、格(きやく)に見えたり。

仏名経(ぶつみやうきやう)にのたまはく、「もしこの三世三劫(さんぜさんこふ)4)諸仏の名を聞きて、あるいはよく書き写し、あるいは仏の形を書き、あるいは香花伎楽(かうぐゑぎがく)を供養して、心をいたして礼拝(らいはい)し奉らば、その功徳無量なり。在々所々(ざいざいしよしよ)常に三宝(さんぼう)に値遇(ちぐう)し奉る。八難に落ちしも、拝む時には心に念(おも)ひ口に唱へて、『われ今仏を拝み奉る。願はくは、三途(さんづ)の闇をやめ、国豊かに民安くして、邪見の人善根を発(おこ)さしめ、願はくは、衆生と共に無量寿仏(むりやうじゆぶつ)5)の国6)に生まれむ』と思へ」とのたまへり。

また云はく、「もし仏の御名(みな)を聞かば、心を一つにして拝み奉れ。互ひにあやまたむことをば7)恐れさざ。無量(むりやう)阿僧祇(あそうぎ)劫に集めたるところの、諸(もろもろ)の罪を消つ」とのたまへり。たしかに唱へぬ人もまじれるは、この文を頼むなるべし。

およそ仏名を行ふには、必ず導師を請ず。公家(おほやけ)には広き綿をかづけ給ふ。私には縫へる衣(きぬ)をかくること恒例のことなり。

阿含経(あごんきやう)に仏説きてのたまはく、「もし寒からむ時には温かならむ衣を僧に施(せ)せよ。時にかなひて悦ばしむるに、後の世に心にかなへる報ひを得(う)」とのたまへり。

すべて衣服を人に与ふるに、果報軽(かろ)からず。いはむや、僧に施せば功徳いよいよ厚し。このゆゑに、かの商那和修(しやうなわしう)は、初めて生まるる時より衣を着たり8)。鮮白比丘(せんびやくびく)9)は中有(ちうう)の位より衣(ころも)あり。これみな先世に衣をもて僧に与へたる報いなり。また憍曇弥(きやうどんみ)、手づから衣を織りて仏に奉れるに、仏のたまはく、「恩を思ひて、われに施すは軽(かろ)かるべし10)」と勧め給ふ。

そもそも、この仏名は、唐土(もろこし)にも行ふべし。居易11)の詩に云はく、「香火一炉灯一盞、白頭夜礼仏名経(香火一炉灯一盞、白頭にして夜仏名経を礼す)」といへる句をもちて見ればなり。

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翻刻

十二月
 仏名
仏名ハ律師静安カ承和ノハシメノ年深草ノ御門ヲススメタテ/n3-77l・e3-75l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/77

マツリテハシメ行ハセ給フ後ニヤウヤクアメノシタニアマネク勅ヲ
下テ行ナハシム静安律師思ハク仏名経ヲカキ一万三千仏ヲ
ウツシテ公家ニタテマツラムト思フ即チ経ヲ書進ス即国々ニ
ワカチツカハシツイマタ仏ヲカクニヲヨハサルニ静安カ命終リヌ
其弟子元興寺ノ僧賢護先師ノ志ヲトケムト思テ一万
三千ノ仏ヲ七十二鋪カキテ公家ニタテマツレリ内裏ノ料ヲハ
図書寮ニオキテ其外ハ官々国々ニワカチタテ(玉ヘリ)マツリ格ニ
ミヘタリ仏名経ニノタマハクモシコノ三世三劫(一切カ)諸仏ノ/n3-78r・e3-76r
名ヲキキテ或ハヨクカキウツシ或ハ仏ノ形ヲカキ或ハ香花
伎楽ヲ供養シテ心ヲイタシテ礼拝シタテマツラハソノ功徳无
量ナリ在々所々常ニ三宝ニ値遇シタテマツル八難ニヲチ
シモヲカム(拝)時ニハ心ニ念ヒ口ニトナヘテ我今仏ヲヲカミタテ
マツル願ハ三途ノヤミヲ息国ユタカニ民ヤスクシテ邪見人
善根ヲ発シメ願ハ衆生ト共ニ無量寿仏ノ国ニ生ト思
ヘト乃給ヘリ又云若シ仏ノ御名ヲキカハ心ヲ一ニシテ拝ミタテ
マツレタカヒニアヤマタム事ハヲ恐サレ無量阿僧祇劫ニアツメ/n3-78l・e3-76l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/78

タル所ノ諸ノ罪ヲケツト乃玉ヘリタシカニトナヘヌ人モマシレルハ此
文ヲタノムナルヘシ凡仏名ヲ行フニハ必ス導師ヲ請ス公家
ニハヒロキ綿ヲカツケタマフ私ニハヌヘル衣(キヌ)ヲカクル事恒例ノ
事ナリ阿含経ニ仏トキテ乃玉ハクモシサムカラム時ニハアタタカナ
ラム衣ヲ僧ニ施セヨ時ニカナヒテ悦ハシムルニノチノヨニ心ニカナ
ヘル報ヲウトノ給ヘリスヘテ衣服ヲ人ニアタフルニ果報カロ
カラスイハムヤ僧ニ施ハ功徳イヨイヨアツシコノユヘニ彼商那
和修(ハ初テ生ルトキヨリ衣ヲキタリイ)鮮白比丘ハ中有ノ位ヨリ衣(コロモ)アリコレミナ先世ニ/n3-79r・e3-77r
衣ヲモテ僧ニアタヘタル報也又憍曇弥テツカラ衣ヲヲ
リテ仏ニタテマツレルニ仏ノタマハク恩ヲ思テ我ニホトコスハ
(カロ歟)カルヘシトススメ給抑コノ仏名ハモロコシニモヲコナフヘシ居易
ノ詩ニ云香火一爐燈一盞白頭夜礼仏名経トイヘル
句ヲモチテミレハナリ/n3-79l・e3-77l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/79

1)
仏名会
2)
仁明天皇
3)
底本「タテマツリ」に「玉へり」と傍書。
4)
底本「三劫」に「一切カ」と傍書。
5)
阿弥陀如来
6)
極楽浄土
7)
「をば」は底本「ハヲ」。文脈により訂正。
8)
底本「は、初めて生まるる時より衣を着たり」は異本注記により補う。前田家本「彼商那和修始自生時着衣」。
9)
鮮白比丘尼
10)
「軽かるべし」は底本「カルヘシ」。「カル」の前に「カロ歟」と薄墨で傍書。傍書により訂正。
11)
白居易
text/sanboe/ka_sanboe3-31.txt · 最終更新: 2025/02/04 22:20 by Satoshi Nakagawa