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下巻 九月 27 比叡灌頂
校訂本文
比叡灌頂(ひえのくわんぢやう)
灌頂(くわんぢやう)のおこりを尋ぬれば、伝教大師1)、唐土(もろこし)の貞観二十一年四月に、順暁和尚(じゆんげうくわしやう)にあひて越州2)の竜興寺(りうこうじ)にしてこれを受く。
延暦二十四年九月に、桓武天皇に奏して清滝の高雄寺(たかをでら)にしてこれを修す。宣旨に云はく、「真言の重き道石(だうしやく)、いまだこの国に伝はらぬ、阿闍梨これを伝へ給へり。国に師とするに堪(た)へたり」。
勅使を給ひて事を行なはしめ、画師(ゑし)を撰びて仏を写さしめ給ひき。その後、比叡3)に移して、毎年(としごと)に寺の務めとして行なふ。
嘉祥元年に、また慈覚大師4)、公家(おほやけ)に申して官符(くわんぷ)を下して、総持院に立てて、灌頂堂(くわんぢやうだう)を造りて、長くこの山にして、公家の御ために伝へ行なへるなり。
如来の法はいづれをもみな同じけれど、とく仏の位に至ることは、この道より先なるはなし。このゆゑに、「詳しく聞こし召さむ」とて、その趣(おもむき)を山の僧5)に問へり。
この法を受くる者には、水を持ちて頂(いただき)にそそく。これによりて灌頂とはいふなり。菩薩の仏になる時、如来の水のその頂にそそきて、仏の位に入れしめ給ふ心なり。
胎蔵界・金剛界を、年を隔てつつ互ひに行ふ。進止道俗(しんしだうぞく)といふ四人(よたり)、入るべき人の次第を整ふ。門前灑水(もんぜんしやすい)といふ四人、門前にして入るべき人の頂に水をそそく。道俗加持(だうぞくかぢ)といふ四人、水そそかれぬる人を加持す。覆面引入(ふくめんいんにふ)といふ二人、赤き衣をもちて面(おもて)を包みて、手を取りて壇の前に引き入る。授与蜜花(じゆよみぐゑ)といふ四人、花を授けて曼陀羅に写せる仏の位を打たしめ奉る。看花示位(かんくゑしゐ)といふ八人(やたり)、花を投げたる所を見て、打ち奉れる仏の位を示す。授与蜜号(じゆよみつがう)といふ四人、その仏の御名を授く。
大阿闍梨一人供養法(くやうぼふ)をなす。もし大日如来を打ち奉れる人をば、蓮花の座にすゑて讃(ほ)む。そのほかの仏をも、位に随(したが)ひて、讃衆(さんしゆ)二十人、政所(まんどころ)にこれを請ぜり。別(べち)の讃衆三十四人、阿闍梨これをまうけたり。歯木(しもく)といふ八人、堂の中(うち)のことに用ゐる。
頂(いただき)の上に水をうけたる心の中に花を投げむこと6)、煩(いたつかは)しきに似たれども、秘密の深き道なれば、仏にならむことこれにあり。これまた東寺またならびに法性寺とに行ふ。年ごとの長き跡なり。人々この寺々に行きてもこれを受く。格(きやく)に見えたり。
翻刻
九月 比叡灌頂 灌頂ノオコリヲ尋レハ伝教大師モロコシノ貞観廿一年四月ニ 順暁和尚ニアヒテ楊(越イ)州ノ龍興寺ニシテコレヲ受ク延暦 廿四年九月ニ桓武天皇ニ奏シテ清瀧ノ高雄寺ニシテ/n3-68r・e3-66r
コレヲ修ス宣旨云真言ノヲモキ道石イマタコノ国ニツタハラ ヌ阿闍梨是ヲ伝給ヘリ国ニ師トスルニタヘタリ勅使ヲ給テ 事ヲヲコナハシメ画師ヲ撰テ仏ヲウツサシメ給キ其後比叡 ニウツシテ毎年ニ寺務トシテオコナフ嘉祥元年ニ又慈覚 大師公家ニ申テ官符ヲ下テ総持院ニ立テ灌頂堂ヲ ツクリテナカクコノ山ニシテ公家ノ御タメニ伝ヘヲコナヘル也如来 ノ法ハイツレヲモミナ同ケレトトク仏ノ位ニイタル事ハコノ道ヨリ サキナルハナシコノ故ニクハシクキコシメサムトテ其趣ヲ山ノ僧ニ/n3-68l・e3-66l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/68
トヘリコノ法ヲ受モノニハ水ヲ持テ頂ニソソクコレニヨリテ灌頂 トハ云也菩薩ノ仏ニナル時如来ノ水ノ其頂ニソソキテ仏ノ位ニ イレシメ給フ心也胎蔵界金剛界ヲ年ヲヘタテツツタカヒニ オコナフ進止道俗トイフ四人入ヘキ人ノ次第ヲトトノフ門 前灑水トイフ四人門前ニシテイルヘキ人ノ頂ニ水ヲソソク 道俗加持トイフ四人水ソソカレヌル人ヲ加持ス覆面引入ト イフ二人アカキ衣ヲモチテ面ヲツツミテ手ヲトリテ壇ノ マヘニヒキイル授与蜜花トイフ四人花ヲサツケテ曼陀/n3-69r・e3-67r
羅ニウツセル仏ノ位ヲウタシメタテマツル看花示(シ)位トイフ八人 花ヲナケタル所ヲミテウチタテマツレル仏ノ位ヲシメス授与蜜 号トイフ四人ソノ仏ノ御名ヲサツク大阿闍梨一人供養法ヲ 作スモシ大日如来ヲウチタテマツレル人ヲハ蓮花ノ座ニ スヱテ讃ム其外ノ仏ヲモ位ニ随テ讃衆廿人政所ニ是 ヲ請セリ別ノ讃衆卅四人阿闍梨是ヲマウケタリ歯木ト イフ八人堂ノウチノコトニモチヰルイタタキノウヘニ水ヲウケ タル心ノ中ニ花ヲナケム事煩(イタツカハ)シキニニタレトモ秘密ノフカキ/n3-69l・e3-67l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/69
道ナレハ仏ニナラム事コレニアリ此又東寺又并法性寺トニ オコナフ年コトノナカキアト也人々コノ寺々ニユキテモ是ヲ 受ク格ニミヘタリ/n3-70r・e3-68r