目次
下巻 七月 23 文殊会
校訂本文
文殊会(もんじゆゑ)
文殊会は初めは僧の心ざしよりおこりて、今は公事(おほやけごと)となれり。贈僧正勤操(ごんさう)・元興寺の僧泰善(たいぜん)が幾内の郡(こほり)・里(さと)にして広くこの会をまうけて、飯を包み菜(な)を加へて、もろもろの貧しき者に施ししなり。これすなはち、文殊般若経1)に、「もし衆生ありて文殊師利の御名(みな)を聞かば、十二劫(じふにこふ)2)の生死(しやうじ)の重き罪を除く。もし供養せむと思はば、すなはち身を分かちて、貧しく飢ゑたる者、みなし子、病人の形になりて、その人の前に至らむ」とのたまへるによりて行ひしことなり。
その後、勤操すでに死ぬ。泰善一人とどまり、あひつぎて行はむとするに、悲しびを増すことやまず。僧綱(そうがう)ともにして公(おほやけ)に申して、天長五年二月二十五日に、長く官符(くわんぷ)を分かち下して、京にも七の道の国々にも、年ごとにこの月の八日を定めて行ふなり。
国々には米を賜へり。また国・郡(こほり)の使、百姓の力に随(したが)ひて物を加ふるを妨げず、講読師(かうどくし)ともに知り行ふ。京には司々(つかさつかさ)より米・塩等を賜ひ、御子達(みこたち)・上達部(かんだちめ)より始めて、百千(ももち)の司の人々に銭を出ださしむ。東寺・西寺に分かちて、もろもろの乞者(こつじや)を集む。
僧をもちて、まづ三帰五戒(さんきごかい)を授け、薬師・文殊を唱へしむ。司々率ゐてこれを行ふ。公の御力には、人に物を加へさせ給ふべからねども、像法決疑(ざうほふけつぎ)3)にのたまはく、「一人布施を行はむこと、若きより老いに至るまでせむよりは、しかじ4)、もろもろの人ともにあひ勧めて、おのおの少しの物を出だして集めて、一所に置きて、貧しく、老ひ、病(やまひ)したらむ人に施さむには。その福はなはだ大きなり」とのたまへり。これらの輩(ともがら)は、あるいはこれ十方の仏・聖の身を分かち給へるなり。このゆゑに軽(かろ)まざれ。すべてはみな先の世の父母(ぶも)の形を変へたるなり。このゆゑに悲しぶべし。すへに釈尊5)はこれを福田(ふくでん)と説き給ひ、浄名(じやうみやう)6)はこれに瓔珞(やうらく)を分かてり。
優婆塞戒経(うばそくかいきやう)にのたまはく、「『貧しき人なれば、人、施すことあたはず』といふは、このことしかるべからず。世の中に貧しき人なれども、一日に少しの物を食はぬはなし。まさにその半ばを分かちても、乞者に施すべし」とのたまへり。
また、福報経(ふくほうきやう)に云はく、「食(じき)をもちて人に施(せ)するは、五つの功徳をそなふ。一つには、命を施するなり。物食はねば、死ぬるがゆゑに。二つには、色を施するなり。物食はねば、その色薄きかゆゑに。三つには、力を施するなり。物食はねば力なきがゆゑに。四つには、安らかなることを施するなり。物食はねば、安らかならざるがゆゑに。五つには、詞(ことば)を施するなり。物食はねば、ものを言ふことあたはざるかゆゑに。これによりて、食を施するに、命長く、力すぐれ、色うるはしく、身柔らかに、詞妙(たゑ)なる、五つの報ひを得(う)」とのたまへり。
阿含経(あごんきやう)に云はく、「もし、若くして楽しく、老いて苦しき人は、前(さき)の世に、若き時に功徳を作り、老いの時に罪を作れるなり。もし、若くして苦しく、老いて楽しき人は、前の世に、若き時には罪を作り、老いの時に功徳を作れるなり」とのたまへり。
われ世の人を見るに、ある時には栄え、ある時には衰ふること、一つ身に同じからぬは、今、仏の教へを聞くに前の世の心からなりけりと知りぬ。顔の色7)紅(くれなゐ)なる人は、よく知るや否や。頭(かしら)の蓬(よもぎ)白き輩(ともがら)、また聞き取れ。物乞ふ者、門(かど)8)に来たらば、必ず物を与へよ。病する者、道にも臥せらば、ねむごろに病を養へ。これによりて報ひを得ること、仏多く説き給へり。請ふ、須達(すだつ)と樹提(じゆだい)との跡を問へ。
翻刻
七月/n3-58r・e3-56r
文殊会 文殊会ハハシメハ僧ノ心サシヨリオコリテ今ハオホヤケコトトナレリ 贈僧正勤操元興寺ノ僧泰善カ幾内ノ郡リ里トニシテヒロク 此会ヲマウケテ飯ヲツツミナヲクハヘテモロモロノマツシキ物ニホトコ シシナリ是即文殊般若経ニモシ衆生アリテ文殊師利ノ ミ名ヲキカハ十二劫ノ生死ノヲモキツミヲノソクモシ供養セムト ヲモハハスナハチ身ヲワカチテマツシク飢タルモノミナシコ病人ラ ノカタチニナリテソノ人ノマヘニイタラムトノタマヘルニヨリテ行ヒシ/n3-58l・e3-56l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/58
事也其後勤操ステニシヌ泰善ヒトリトトマリアヒツキテ行 ハムトスルニカナシヒヲマス事ヤマス僧綱トモニシテオホヤケニ 申テ天長五年二月廿五日ニナカク官符ヲワカチ下シテ京ニモ 七ノ道ノクニクニニモ年コトニコノ月ノ八日ヲ定テ行フナリ国々 ニハ米ヲタマヘリ又国郡リノ使百姓ノ力ニ随テ物ヲクハフル ヲサマタケス講読師トモニシリオコナフ京ニハツカサツカサヨリ米塩等 ヲタマヒ御子達上達部ヨリハシメテモモチノツカサノ人々ニ銭 ヲイタサシム東寺西寺ニワカチテモロモロノ乞者ヲ集ム僧ヲ/n3-59r・e3-57r
モチテマツ三帰五戒ヲサツケ薬師文殊ヲトナヘシムツカサツカサ ヒキヰテコレヲ行フオホヤケノ御力ニハ人ニ物ヲクハヘサセ給ヘカラ ネトモ像法決疑ニノ玉ハクヒトリ布施ヲ行ハム事ワカキヨリ老 ニイタルマテセムヨリハ昔(シカシ)モロモロノ人トモニアヒススメテオノオノスコシ ノ物ヲイタシテアツメテ一所ニヲキテマツシク老ヒ病ヒシタラム人 ニホトコサムニハソノ福ハナハタオホキナリトノ給ヘリコレラノ輩ハ或 ハコレ十方ノ仏ヒシリノミヲワカチ給ヘル也此故ニカロマサレ惣テ ハミナ先ノ世ノ父母ノ形ヲカヘタル也此故ニカナシフヘシスヘニ尺尊ハ/n3-59l・e3-57l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/59
コレヲ福田トトキ給ヒ浄名ハコレニ瓔珞ヲワカテリ優婆塞戒経 ニノタマハク貧キ人ナレハ人ホトコス事アタハストイフハ此事シカ ルヘカラスヨノ中ニマツシキ人ナレトモ一日ニスコシノ物ヲクハヌハナシ マサニソノ半ハヲワカチテモ乞者ニホトコスヘシト乃給ヘリ又福報経 ニ云食ヲモチテ人ニ施スルハ五ノ功徳ヲソナフ一ニハ命ヲ施スル ナリ物クハネハシヌルカユヘニ二ニハ色ヲ施スル也物クハネハソノ色 ウスキカユヘニ三ニハ力ヲ施スル也物クハネハ力ナキカユヘニ四ニハ ヤスラカナル事ヲ施スル也物クハネハヤスラカナラサルカユヘニ五ニハ/n3-60r・e3-58r
詞ヲ施スル也物クハネハ物ヲイフ事アタハサルカユヘニコレニヨリテ 食ヲ施スルニ命ナカク力スクレ色ウルハシク身ヤハラカニ詞妙ナル 五ノムクヒヲ得ト乃給ヘリ阿含経ニ云クモシワカクシテタノシク老 テクルシキ人ハサキノヨニワカキ時ニ功徳ヲツクリ老ノ時ニツミヲツクレル ナリモシワカクシテクルシク老テタノシキ人ハサキノヨニワカキ時ニ ハツミヲツクリ老ノ時ニ功徳ヲツクレル也トノ玉ヘリ我レ世ノ人ヲミル ニアル時ニハサカエアル時ニハオトロフル事一ツ身ニ同カラヌハ今マ仏 ノヲシヘヲキクニサキノヨノ心カラナリケリトシリヌ顔ノ色(花)クレナヰ/n3-60l・e3-58l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/60
ナル人ハヨク知ヤイナヤカシラノヨモキ白キトモカラ又キキトレ 物コフ物カホ(門カ)ニキタラハカナラス物ヲアタヘヨヤマヰスルモノ道ニモ フセラハネムコロニ病ヲヤシナヘコレニヨリテムクヒヲウル事仏多 クトキ玉ヘリ請フ須達ト樹提トノアトヲトヘ/n3-61r・e3-59r