text:sanboe:ka_sanboe3-11
下巻 三月 11 薬師寺最勝会
校訂本文
薬師寺最勝会(やくしじのさいしようゑ)
薬師寺は浄見原(きよみはら)の御門1)の母后2)の御ために奉る3)所なり。その造れるさま、御門の御師(おほんし)祚連(それ)が定(ぢやう)に入りて、竜宮の形(かた)4)を見て、すこぶるまねび造れるなり。
天長七年に中納言従三位兼行中務卿直世5)の大王(おほきみ)、奏して申す。「この寺は、ことに七日のほど、法会(ほふゑ)を行ひて、天(あめ)6)の下を祈らしめむ。長く最勝王経(さいしようわうきやう)を講ぜむ」と。すなはち勅(みことのり)にいはく、「言(こと)のままに」。
これよりはじめて行ひ来たれり。代々(よよ)の御門の御後(おほんのち)の人7)の人を檀越(だにをち)として、山階寺(やましなでら)の維摩会(ゆいまゑ)の作法を儀式には移せり。
維摩8)・御斎(みさい)9)・最勝10)、これを三会(さんゑ)といふ。日本国の大なる会、これには過ぎず。講師(かうじ)は同じ人つかうまつる。終りぬれば已講(いかう)といふ。次(ついで)によりて、律師の位にをさめ給ふ。
格(きやく)に見えたり。
翻刻
薬師寺最勝会/n3-32r・e3-30r
薬師寺は浄見原の御門の母后の御ためにたてまつ(たまへ)る所也そのつくれる さま御門の御師それか定に入て龍宮のかた(ち)をみてすこふるまねひつくれ るなり天長七年に中納言従三位兼行中務卿直世のおほきみ奏て 申此寺はことに七日のほと法会を行て雨のしたをいのらしめむなか く最勝王経を講せむとすなはちみことのりにいはくことのままに此よ りはしめて行ひきたれり代々の御門の御(ノイ)ちの人を檀越として山しな 寺の維摩会の作法を儀式にはうつせり維摩御斎最勝是を 三会といふ日本国の大なる会これにはすきす講師は同人つかう/n3-32l・e3-30l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/32
まつる終ぬれは已講といふ次によりて律師の位にをさめ給格に 見たり/n3-33r・e3-31r
text/sanboe/ka_sanboe3-11.txt · 最終更新: 2024/11/23 20:39 by Satoshi Nakagawa