ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:sanboe:ka_sanboe3-09

三宝絵詞

下巻 二月 9 石塔

校訂本文

<<PREV 『三宝絵詞』TOP NEXT>>

石塔(しやくたふ)

石塔(しやくたふ)はよろづの人の春のつつしみなり。諸司(しよし)・諸衛(しよゑ)は官人舎人(くわんにんとねり)とり行ふ。殿ばら宮ばらは、召次(めしつぎ)・雑色(ざうしき)めぐらし、催す日を選びて、川原に出でて石を重ねて、塔の形になす。心経1)を書き集め、導 師を呼びすゑて、年の中の政(まつりごと)の神を飾り、家の中の諸(もろもろ)の人を祈る。

道心は勧むるにおこりければ、翁(おきな)・童(わらは)、みななびく。功徳は作るより楽しかりければ、飯酒(いひさけ)多く集まり、その中に信深き者は息災と頼む。心おろかなるものは逍遥(せうえう)と思へり。年のあづかりを定めて、机の上を讃(ほ)め謗(そし)り、夕べの酔(ゑ)ひにのぞみて、道の中に倒(たふ)れまろぶ。しかれども、なほ功徳の庭に来ぬれば、おのづから善根を植ゑつ。

造塔延命功徳経(ざうたふえんめいくどくきやう)に云はく、「波斯匿王(はしのくわう)の仏2)に申す、『相師(さうし)われを見て、『七日ありて必ず終りぬべし』と言ひつ。願はくは、仏、救ひ助け給へ』と。仏ののたまはく、『歎くことなかれ。慈悲の心をおこし、物殺さぬ戒事(いむこと)を受け、塔を造る、すぐれたる福(さいはひ)を行はば、命を延べ、福(さいはひ)を増してむ。

ことにすぐれたることは、塔を造るに過ぎたるはなし。昔、小さき童(わらは)、牛を飼ひき。あまたの相師ども見て、『この童、今七日ありて必ず死ぬべし』とさだむ。この後に、諸(もろもろ)の童、戯(たはぶ)れに砂を集めて、高く積みて、『仏の塔造るぞ』と言ふ。この牛飼ふ童も、その中にまじりて、戯れに砂(いさご)の塔を造りつ。高さ一搩手(いちちやくしゆ)なり。これによりて、たちまちに七年の命を延べつ。

この時に辟支仏(しやくしぶつ)ありて、鉢を持ちて行く。諸(もろもろ)の童、戯(たはぶ)れの心にも砂を持ちて、『麦粉なり』と言ひて、この聖に施す。辟支仏、すなはち鉢を出だして、砂を受けつ。神通をもちて麦粉になしつ。諸の童これを見て、みなまことの信をおこしつ。

辟支仏、教へ知らせて云はく、『なむたち、砂の塔を造れるに、高さ一搩手なるは、後の世にて鉄輪王(てつりんわう)となりて、一天下(いちてんげ)に王とあらむ。二搩手なるは、銅輪王(どうりんわう)となりて、二天下に王とあらむ。三搩手なるは銀輪王(ぎんりんわう)となりて、三天下に王とあらむ。四搩手なるは金輪王(こんりんわう)となりて、四天下に王とあらむ』と云ひき。

小さき童の戯れに造るに、かくのごとき報ひを得たり。いかにいはむや、大王のまことの心をいたさむをや。もし人、疑ひなき心をおこして、法(のり)のごとくに塔を造らむこと、一つの指の節ばかりもせば、功徳はかりなし』とのたまひて、泥塔(でいたふ)造るべきことを説き給ふ。

もし人これを造れば、一生を送るまで、毒のために破られず。その命長く遠し。よこざまの死にをせず。仇敵(あたかたき)逃れ去る。身に常に病(やまひ)なし。罪みな消えぬ。」とのたまへり。

また法華経にも、「乃至(ないし)童子の戯(たはぶ)れに砂(いさご)を集めて仏の塔となししは、みなすでに仏になりにき」とのたまへり。

まさに知るべし、石の塔も功徳を重かるべし。

<<PREV 『三宝絵詞』TOP NEXT>>

翻刻

 石塔
石塔ハヨロツノ人ノ春ノツツシミナリ諸司諸衛ハ官人舎人
トリ行フ殿ハラ宮ハラハ召次雑色廻シ催ス日ヲエラヒテ
川原ニ出テ石ヲカサネテ塔ノカタチニナス心経ヲ書アツメ導
師ヲヨヒスヘテ年ノ中ノマツリコトノカミヲカサリ家ノ中乃/n3-28r・e3-26r
諸ノ人ヲイノル道心ハススムルニオコリケレハオキナワラハ皆ナヒク
功徳ハツクルヨリタノシカリケレハ飯ヒ酒ケ多クアツマリソノ中ニ信
フカキモノハ息災トタノム心オロカナルモノハ逍遥トオモヘリ年乃
アツカリヲ定テツクヱ(机)ノウヘ(上)ヲホメソシリ夕ノ酔ニノソミテ道ノナカニ
タフレ丸フシカレトモナヲ功徳ノ庭ニ来ヌレハオノツカラ善根ヲウヘツ
造塔延命功徳経ニ云波斯匿王ノ仏ニ申相師我ヲミテ七日
アリテ必スヲハリヌヘシトイヒツ願ハ仏スクヒタスケ給ヘト仏ノノ玉ハ
クナケクコトナカレ慈悲ノ心ヲオコシ物コロサヌイム事ヲウケ/n3-28l・e3-26l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/28

塔ヲツクルスクレタル福ヲ行ハハ命ヲノヘサイハヒヲマシテムコトニ勝
タル事ハ塔ヲツクルニスキタルハナシ昔チヰサキワラハ(童)牛ヲ飼キアマ
タノ相師トモミテ此童イマ七日アリテ必スシヌヘシトサタム此後ニ
諸ノ童タハフレニ砂ヲアツメテタカクツミテ仏ノタウ(塔)ツクルソトイフコノ
牛飼フ童モソノ中ニマシリテタハフレニイサコノ塔ヲツクリツタカサ一
搩手ナリコレニヨリテ忽ニ七年ノ命ヲノヘツ此時ニ辟支仏アリ
テ鉢ヲモチテユク諸ノ童タハフレノ心ニモ砂ヲモチテ麦粉也
トイヒテ此聖ニ施ス辟支仏スナハチ鉢ヲ出テ砂ヲウケツ/n3-29r・e3-27r
神通ヲモチテ麦粉ニナシツ諸ノ童コレヲミテミナマコトノ
信ヲオコシツ辟支仏ヲシヘシラセテ云ナムタチ砂ノ塔ヲツクレル
ニタカサ一搩手ナルハ後ノヨニテ鉄輪王トナリテ一天下ニ王トアラム
二搩手ナルハ銅輪王トナリテ二天下ニ王トアラム三搩手ナルハ
銀輪王トナリテ三天下ニ王トアラム四搩手ナルハ金輪王トナ
リテ四天下ニ王トアラムト云キチヰサキ童ノタハフレニツクル
ニカクノコトキムクヒヲエタリイカニイハムヤ大王ノマコトノ心ヲイタ
サムヲヤモシ人ウタカヒナキ心ヲオコシテ法ノコトクニ塔ヲツクラム/n3-29l・e3-27l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/29

事一ノユヒノフシハカリモセハ功徳ハカリナシトノ玉ヒテ泥塔ツク
ルヘキ事ヲ説タマフモシ人コレヲツクレハ一生ヲオクルマテ
毒ノタメニヤフラレスソノ命ナカク遠シヨコサマノシニヲセス鬼神
チカツカスアタカタキノカレ(逃)サル(去)身ニツネニヤマヒナシツミ皆キエヌ
トノ給ヘリ又法花経ニモ乃至童子ノタハフレニイサコヲアツメテ
仏ノ塔トナシシハミナステニ仏ニナリニキトノ玉ヘリマサニ知ヘシ
石ノ塔モ功徳ヲモカルヘシ/n3-30r・e3-28r

https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/30

1)
般若心経
2)
釈迦
text/sanboe/ka_sanboe3-09.txt · 最終更新: 2024/11/17 15:37 by Satoshi Nakagawa