目次
下巻 正月 2 御斎会
校訂本文
御斎会(みさいゑ)
最勝王経(さいしようわうきやう)にのたまはく、「国王、この経を講ずれば、王、つねに楽しびを受け、民、また苦しびなし。風雨時にしたがひ、国家の禍(わざわ)ひをはらふ。王、この経を聞かむと思(おぼ)さむ時は、宮の内にことにすぐれたらむ殿の王の重くせむ所を飾りて、獅子の座を置け。幡をかけ香を焚け。王すこし短かからむ座にゐて、心を至して経を聞き給へ。また、法師を頼み仰(あふ)ぎて、大師の思ひをなし、諸(もろもろ)の人をあはれみて、慈悲の心をおこせ。みづから白蓋(びやくがい)を取り左右1)に音楽をとどめて、歩み出でて師を迎へ給へ。これをすぐれたりとす。何によりてか、王をしてかくのごとくにせしむるとなれば、歩みごとにはすなはち無量の諸(もろもろ)の仏につかうまつり給ふなり。歩みごとにはまた生死の長き苦しみをこゆるなり。歩みの数に随(したが)ひて、後の世に輪王(りんわう)の位を受け、歩みの数に随ひて、この世に福徳の力を増さむとなり」とのたまへり。
これによりて、公(おほやけ)大極殿を飾り、七日夜(なぬかよ)をかぎりて、昼は最勝王経を講じ、夜は吉祥悔過(きちじやうくゑくわ)を行なはしめ給ふ。吉祥天女は毘沙門の妻なり。「五穀倉に満ち、諸(もろもろ)の願ひ心にかなへむ」といふ誓ひあればなり。
大臣諸卿(だいじんしよきやう)、誠(まこと)をいたし、力を加ふること、みな経に説くがごとし。ある時にはまた行幸(みゆき)もあり。聴衆、法用寺々に分かち召し、供養荘厳、司々(つかさつかさ)に勤めつかうまつる。
この会(ゑ)は、諸国にもみな同じ日より行ふ。天(あめ)の御門の御女(おほんむすめ)、高野(たかの)の姫2)と申す御門3)の御代、神護景雲二年よりおこれるなり。
格(きやく)に見えたるべし。
翻刻
御斉会 最勝王経ニ乃給ハク国王此経ヲ講スレハ王ツネニ楽ヒヲウケ/n3-11l・e3-9l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/11
民又クルシヒナシ風雨時ニシタカヒ国家ノワサハヒヲハラフ王コノ 経ヲキカムトオホサム時ハ宮ノウチニコトニスクレタラム殿ノ王乃 オモクセム所ヲカサリテ師子ノ座ヲオケ幡ヲカケカウヲタケ王 スコシミシカカラム座ニヰテ心ヲ至シテ経ヲキキ給ヘ又法師ヲ タノミアフキテ大師ノ思ヲナシ諸人ヲアハレミテ慈悲ノ心ヲオコ セミツカラ白蓋ヲトリサリ(左右カ)ニ音楽ヲトトメテアユミイテテ師 ヲムカヘタマヘコレヲスクレタリトスナニニヨリテカ王ヲシテカク乃コト クニセシムルトナレハ歩ミコトニハ即無量ノ諸ノ仏ニツカウマツリ/n3-12r・e3-10r
給也歩コトニハ又生死ノナカキクルシミヲコユル也歩ノカスニ随 テ乃チノヨニ輪王ノ位ヲウケ歩ノカスニ随テ此世ニ福徳ノ 力ヲマサムトナリト乃給ヘリコレニヨリテオホヤケ大極殿ヲカサリ 七日夜ヲカキリテヒルハ最勝王経ヲ講シ夜ハ吉祥悔過ヲ オコナハシメタマフ吉祥天女ハ毘沙門ノ妻ナリ五穀倉ニミチ 諸ノネカヒ心ニカナヘムトイフ誓アレハナリ大臣諸卿誠ヲイタシ 力ヲクハフル事ミナ経ニ説カコトシアル時ニハ又行幸モアリ聴 衆法用寺々ニワカチ召シ供養荘厳ツカサツカサニツトメツカフマツル/n3-12l・e3-10l
https://dl.ndl.go.jp/pid/1140087/1/12
此会ハ諸国ニモミナ同日ヨリオコナフアメノ御門ノ御女高野(タカノ)ノ 姫(母光明皇后淡海公娘此御時百万基塔ヲ作万僧会アリ)ト申御門ノ御代神護景雲二年ヨリオコレル也格ニミヘ タルヘシ/n3-13r・e3-11r