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text:sanboe:ka_sanboe2-10

三宝絵詞

中巻 10 山城国造経函人

校訂本文

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聖武天皇の御世に、山城国相楽郡(さがらのこほり)に願(ぐわん)をおこせる人あり。姓名(しやうみやう)はいまだつまびらかならず。四恩を報ひむがために、法華経を書き奉れり。「この経、入れ奉らむ」とて、「筥(はこ)を作らむ」と思ふ。白檀(びやくだん)・紫檀(したん)を求む。諾楽郷(ならのさと)1)よりとぶらひ得たり。銭百貫して買ひ取りつ。

細工を雇ひすゑて筥を作り出ださしめたるに、経は長く筥は短かうして、入れ奉るに足らず。檀越(だにをち)大きに歎く。また、異木(ことき)を求むるに、とぶらひ得ず。心をいたして、願をおこして、あまたの僧を請じて、「三七日を限りて、この木とぶらひ得させ給へ」と祈り乞ふ。

二七日ありて、試み2)に経を入れ見るに、経なほ入らねど、筥少し伸びたり。檀越、悦び奇(あや)しびて、ますます深く謹(つつし)み祈る。三七日を過ぐして入るるに、よく入り給ひぬ。人々、奇しび疑ふ。「もし、経の縮(しじ)まれるか、もし筥の伸びたるか」とて、本経を取りて新しき経に比ぶれば、これもたけ等し。人、二つの経を並べて、一つ筥に入るれば、古きは入らず新しきは入る。

まさに知るべし、大乗の不思議の力。願主の深きまことにかなひ給へるなり。

霊異記3)に記せり。

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翻刻

聖武天皇ノ御世ニ山城国相楽(サカラ)郡ニ願ヲオコセル人アリ姓
名ハイマタツマヒラカナラス四恩ヲムクヒムカタメニ法花経ヲ
書タテマツレリ此経イレタテマツラムトテ筥ヲツクラムトオモフ
白檀紫檀ヲモトム諾楽(サカラ)郷ヨリトフラヒエタリ銭百貫
シテカヒトリツ細工ヲヤトヒスヘテハコヲツクリイタサシメタルニ経/n2-33r・e2-30r
ハナカクハコハミシカウシテイレタテマツルニタラス檀越大ニナケク
又コト木ヲモトムルニトフラヒエス心ヲイタシテ願ヲオコシテアマタ
ノ僧ヲ請シテ三七日ヲカキリテ此木トフラヒエサセ給ヘトイノリコフ
二七日アリテ心ミニ経ヲイレミルニ経ナヲイラネトハコスコシノヒタリ
檀越悦ヒアヤシヒテマスマスフカクツツシミイ乃ル三七日ヲスクシテ
イルルニヨク入給ヌ人々アヤシヒウタカフ若経ノシシマレルカ若ハコ
乃乃ヒタルカトテ本経ヲトリテアタラシキ経ニクラフレハ是モタ
ケヒトシ人二ノ経ヲナラヘテ一ハコニ入レハフルキハイラスアタラシキハ/n2-33l・e2-30l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/33

イルマサニシルヘシ大乗ノフシキノ力願主ノフカキマコトニカナヒ
給ヘル也霊異記ニシルセリ/n2-34r・e2-31r

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/34

1)
底本「諾楽」に「さから」と傍書。東大寺切(関戸家本)「さからかの京」、前田家本・日本霊異記「諾楽京」。
2)
底本表記「心み」
3)
日本霊異記
text/sanboe/ka_sanboe2-10.txt · 最終更新: 2024/09/10 11:20 by Satoshi Nakagawa