ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:sanboe:ka_sanboe2-06

三宝絵詞

中巻 6 播磨国漁翁

校訂本文

<<PREV 『三宝絵詞』TOP NEXT>>

播磨国飾磨郡(しかまのこほり)のさう寺(てら)1)に、京の元興寺の僧慈応大徳(じおうだいとこ)、檀越(だにをち)の請ぜられて、安居(あんご)の間ゐたり。すなはち法華経を講ず。

その寺のほとりに漁(すなど)る翁(おきな)あり。若くより老いに及ぶまで、魚取るをこととして、また異事(ことごと)なし。

しかるに、にはかに家の垣中(かきうち)、桑の中に這ひまろびて、声をあげて呼ばひ泣きて云はく、「熱き炎来たりて、わが身を焼き責む。われを助けよ」と叫ぶ。よろづの人集まりて、「これを助けむ」とて寄り至れば、また叫びて云はく、「われに近付くことなかれ。寄り来たらば、また焼けなむ」と云ふ。

親しき輩(ともがら)、寺に走り参りて、行者を請じて率(ゐ)て来たりて、加持(かぢ)せしむるに、やや久しくありて、焼き責むることをまぬかれぬ。その着たる衣(きぬ)・袴(はかま)、みなことごとくに焼け焦がれたり。

翁、恐れをののきて、のうさ寺に詣でて、大衆(だいしゆ)の中にして罪を恥ぢ悔い心をあらためて、衣(きぬ)を脱ぎて読経す。漁(すなど)りすることをせずなりにき。霊異記2)に見えたり。

<<PREV 『三宝絵詞』TOP NEXT>>

翻刻

播磨国餝磨(シカマ)郡乃サウテラ(濃乃於寺イ)ニ京ノ元興寺ノ僧慈応大徳
檀越ノ請セラレテ安居ノアヒタヰタリ即法華経ヲ講ス其
寺ノホトリニ漁翁アリワカクヨリ老ニ及マテ魚トルヲ事トシ
テ又コト事ナシ而ニ俄ニ家ノカキ中桑ノ中ニハヒマロヒテコヱ
ヲアケテヨハヒナキテ云アツキ炎キタリテワカ身ヲヤキセム我ヲ
タスケヨトサケフヨロツノ人アツマリテ是ヲタスケムトテヨリイタ
レハ又叫テ云ク我ニチカツクコトナカレヨリ来ラハ又ヤケナムト云
シタシキトモカラ寺ニハシリ参テ行者ヲ請シテヰテ来テ/n2-29l・e2-26l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/29

加持セシムルニヤヤ久アリテヤキセムルコトヲマヌカレヌソノキタル
キヌハカマミナコトコトクニヤケコカレタリオキナヲソレオノノキテ
乃ウサ寺ニマウテテ大衆ノ中ニシテツミヲハチクヒ心ヲアラタメ
テキヌヲヌキテ読経ス漁スル事ヲセスナリニキ霊異記ニ
見タリ/n2-30r・e2-27r

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/30

1)
底本「さうてら」に「濃乃於寺イ」と異本注記。東大寺切(関戸家本)・『日本霊異記』は「濃於寺」。本話後半では「のうさ寺」
2)
日本霊異記
text/sanboe/ka_sanboe2-06.txt · 最終更新: 2024/09/07 15:44 by Satoshi Nakagawa