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text:sanboe:ka_sanboe2-05

三宝絵詞

中巻 5 伴造義通

校訂本文

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昔、小墾宮(をはりたのみや)に天(あめ)1)の下治め給ひし帝の御代2)に衣縫伴造3)義通と云ふ者ありき。たちまちに重き病をうけて4)二つの耳ともに聾(し)ひ、悪しき瘡(かさ)身に出でて、年を経て癒えず。

ここにみづから思はく、「これは昔の報ひによりて招く所の病なり。この世のことにはあらじ」と思ひて、「長生きして人に憎まれむよりは、しかじ功徳を作りて早く死なむには」と思ひて、寺に詣でて庭を掃(はら)ひ、堂を飾りて、義禅師(ぎぜんじ)を請じて経を読ませて祈りて、香水(かうずい)を浴(あ)み5)身を清めて、慎みの心を出だして、方等経(はうだうぎやう)を読ましむ。

ここに義通禅師に申して云はく、「今われ片耳に一人の菩薩の御名(みな)聞こゆ。ただ願はくは大徳(だいとこ)、後世を引導し給へ」と云ふ。

これを聞きて、いよいよねむごろに、この経の仏菩薩の御名を拝み奉れば、片耳心よく聞こゆる。義通、大きに悦びて、禅師をますます重ねて拝み奉るに、二つの耳ともにあきぬ。遠く近く聞く者、驚き尊がることかぎりなし。

人、信心深ければ法(のり)の力むなしからず。霊異記6)に見えたり。

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昔小墾(ヲハリタノ)宮ニ雨ノシタヲサメ給シ帝ノ御代ニ衣継伴造(イケイトモツクリ/ミヤツコ)義
通ト云モノアリキ忽ニヲモキ病ヲウ(エ)ケテ二ノ耳トモニシヒ
悪瘡身ニイテテトシヲヘテイエスココニミツカラオモハク是ハ昔
乃ムクヒニヨリテ所招病也コノヨノ事ニハアラシト思テナカイ
キシテ人ニニクマレムヨリハシカシ功徳ヲツクリテハヤクシナムニハト思テ/n2-28l・e2-25l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/28

寺ニマウテテ庭ヲハラヒ堂ヲカサリテ義禅師ヲ請シテ経ヲ
ヨマセテイノリテ香水ヲノミ身ヲキヨメテツツシミノ心ヲイタシ天
方等経ヲヨマシム爰ニ義通禅師ニ申テ云今我片耳ニ一人
ノ菩薩ノ御名キコユタタ願ハ大徳後世ヲ引導シ給ヘト云此ヲ聞
テ弥ネムコロニ此経ノ仏菩薩ノ御名ヲヲカミタテマツレハ片耳心
ヨクキコユル義通大ニ悦テ禅師ヲマスマスカサネテヲカミタテマ
ツルニ二ノ耳トモニアキヌ遠近聞者ヲトロキタウトカルコトカキ
リナシ人信心フカケレハ法力ムナシカラス霊異記ニ見タリ/n2-29r・e2-26r

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/29

1)
「天」は底本表記「雨」
2)
推古天皇の御代。
3)
「衣縫伴造」は底本、「衣継伴造」で右に「イケイトモツクリ」左に「ミヤツコ」と傍書。東大寺切(関戸家本)・日本霊異記により訂正。
4)
底本「うけ」に「エ」と傍書。
5)
「浴み」は底本「ノミ」。東大寺切(関戸家本)・前田家本により訂正。
6)
日本霊異記
text/sanboe/ka_sanboe2-05.txt · 最終更新: 2024/09/07 13:15 by Satoshi Nakagawa