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text:sanboe:ka_sanboe2-01f

三宝絵詞

中巻 1 聖徳太子(6)

校訂本文

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太子1)の御妻2)膳部(かしはで)の氏3)、かたはらに候ひ給ふ。太子語らひて宣はく、君、わが心のごとくして、一ことも違(たが)はず。幸ひなるかな。死なむ日は穴を同じくして、ともにうづむべし」と。妃、答へ申さく、「千秋万歳、朝暮につかまつらむとこそ思ひ給ふれ。何の心ありてか、今日終りのことをば宣ふぞ」と。太子、答へ給はく、「始めある物は必ず終りあり。ものの定まれる理(ことわり)なり。一度(ひとたび)は生まれ一度は死ぬること、人の常の道なり。われ、昔あまたの道をかへて、仏道を行ひ勤めき。わづかに小国の王子として来たりて、妙(たへ)なる法を弘めて、法もなき所に一乗の義を弘(ひろ)め説きつ。五濁悪世(ごぢよくあくせ)に久しくあらむと思はず」と宣ふ。妃、涙を流して承はる。

ここに、太子、難波より京に帰り給ふに、片岡山の辺(ほとり)に飢ゑたる人臥せり。黒駒(くろこま)歩まずしてとどまる。太子、馬より下り給ひて語らひ給ふ。紫の御袍(ごはう)を脱ぎ給ひて、この人に覆ひ給ひて、歌ひて曰はく、

  しなてるや片岡山に飯に飢ゑて臥せる旅人あはれ祖(おや)なし

飢ゑ人、頭を挙げて返せる歌、

  斑鳩(いかるが)や富の緒川(をがは)の絶えばこそわが大公(おほきみ)の御名(みな)を忘れめ

と言へり。

太子、宮に帰り給ひて、この人死ににけり。太子悲しびて葬(はふ)り納め給ふ時に、大臣達、このことを誹謗する人七人あり。太子、この人々に示し給ふ、「片岡に行きて、その形(かたち)を見よ」と宣へば、行き至りて見れば、屍(かばね)すでになし。棺(くわん)の内はなはだ香ばし。皆驚き怪しむ。

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翻刻

シオリノ事也ト太子ノ御妻(妃)カシハテノ氏(膳氏イ)カタハラニ/n2-16r・e2-13r
候給フ太子カタラヒテ乃給ハク君我心ノコトクシテ一コト
モタカハス幸ナルカナ死ム日ハ穴ヲ同クシテトモニウツ
ムヘシト妃コタヘ申サク千秋万歳朝暮ニツカマツラムトコ
ソ思給フレナニノ心アリテカ今日ヲハリノ事ヲハ乃給フソト
太子答給ハク始アル物ハ必ス終アリモノノサタマレル理
ナリ一タヒハ生レ一度ハ死ル事人ノ常ノ道也我昔アマ
タノ道ヲカヘテ仏道ヲ行ヒツトメキワツカニ小国ノ王子トシ
テ来テタヘナル法ヲヒロメテ法モナキ所ニ一乗ノ義ヲ弘メ/n2-16l・e2-13l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/16

説ツ五濁悪世ニ久クアラムト思ハスト乃給妃ナミタヲ
ナカシテウケ給ハル爰ニ太子難波ヨリ京ニ帰給ニ片
岡山ノ辺ニ飢タル人フセリ黒駒アユマスシテトトマル
太子馬ヨリヲリ給テカタラヒ給紫ノ御袍ヲヌキ給テ
此人ニヲホヒ給テ哥曰
 志奈天留耶片岡山ニ飯ニ飢テ臥セル旅人阿者礼祖无
飢人挙頭所返哥
 斑鳩ヤ冨ノ緒川ノ絶ハコソ我カ大公ノ御名ヲ忘レメ/n2-17r・e2-14r
トイヘリ太子宮ニ帰給テコノ人シニニケリ太子カナシヒテ
ハフリヲサメ給時ニ大臣達此事ヲ誹謗スル人七人アリ
太子コノ人々ニ示給フ片岡ニユキテソノカタチヲミヨト
乃給ヘハユキイタリテミレハカハネステニナシ棺内甚香シ
皆驚アヤシムココニ太子イカルカノ宮ニオハシマシテ妃ニカ/n2-17l・e2-14l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/17

1)
聖徳太子
2)
底本「妻」に「妃」と傍書
3)
底本「カシハテ」に「膳氏イ」と異本注記。
text/sanboe/ka_sanboe2-01f.txt · 最終更新: 2024/08/29 21:56 by Satoshi Nakagawa