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三宝絵詞

中巻 1 聖徳太子(1)

校訂本文

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昔、上宮太子1)と申す聖(ひじり)いましき。用明天皇のはじめて親王にいませし時に、穴太部(あなほべ)2)の真人3)の皇女(ひめみこ)の腋に生ませ給へる御子なり。はじめは母の夫人(ぶにん)の夢に、金色の僧ありて云はく、「われ世を救ふ願ひあり。願はくは、しばらく御腋にやどらむ。われは救世菩薩(ぐぜぼさつ)4)なり。家は 西方にあり」と言ひて、踊りて口に入りぬと見て懐妊し給へり。

太子の御伯父(をんをぢ)敏達天皇(びんたつてんわう)、天5)の下を治め給ふ初めの年、正月一日、夫人、宮のうちをめぐりて厩(むまや)のもとに至るほどに、おぼえずして生まれ給へり。おもと人に抱(いだ)かしめ、寝殿にいたるほどに、にはかに赤光西より来たり入る。御身はなはだ馥(かうば)し。

四月(よつき)の後によくもののたまふ。明くる年の二月十五日の朝(あした)より、心づから掌(たなごころ)6)を合はせて、東に向ひて、「南無仏(なむぶつ)」と云ひて拝み給ふ。

太子、六才に成り給ふに、百済国(はくさいこく)より、はじめて法師・尼来たりて、経論を持て渡れり。太子奏し給ふ。持て渡れる経論をみなときて、香をたきて開き見ること終りて、御門に申し給ふ、「月の八日・十四日・十五日・二十三日・二十九日・三十日、これをば六斎(ろくさい)とす。この日は梵王(ぼむわう)・帝釈(たいしやく)のまつりごとを見る。殺生をとどむべし。

御門、悦び給ひて、天7)の下に勅(みことのり)を下して、この日々には殺生をやめ給ふ。

八年の冬、新羅国(しんらこく)より仏像を奉れり。太子申し給ふ、「西国の聖、釈迦牟尼仏の像なり」と。

百済国より日羅といふ人来たれり。身に光明あり。太子、窃(ひそ)かに弊(やつ)れたる衣を着て、諸(もろもろ)の童にまじりて、難波の館(たち)にいたりて見る。日羅、太子をさして怪しぶ。太子、驚きて去る。日羅、ひざまづきて掌(たなごころ)8)を合はせて云はく、「敬礼救世観世音(きやうらいぐぜくわんぜおん)。伝灯東方粟散王(でんとうとうばうぞくさんわう)。」と申すほどに、日羅、大きに身の光を放つ。太子、また眉間より光を放ち給ふ。

また、百済国より弥勒の石の像を持ち渡れり。時に大臣蘇我馬子の宿禰、この像を請(う)けて、家の東に寺を造りてすゑ奉りて敬ふ。尼三人(みたり)をすゑて養ふ。

大臣、この寺に塔を建つ。太子の宣はく、「塔はこれ仏舎利の器物(うつはもの)なり。釈迦如来の舎利、自然に来たりなむ」と。大臣、これを聞きて祈るに、斎飯(いもひのいひ)の上に仏舎利一つを得たり。瑠璃(るり)の壺に入れて、塔に置きて拝む。太子と大臣と一心(ひとつこころ)にして、三宝を広めむと思ふ。

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翻刻

昔上宮太子ト申聖イマシキ用明天皇ノハシメテ親
王ニイマセシ時ニ穴太部(アナトヘ)ノ真人ノ皇女ノ腋ニムマセ給ヘル
御子也ハシメハ母ノ夫人ノユメニ金色ノ僧アリテ云我ヨヲ/n2-8l・e2-5l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/8

スクフ願アリ願ハ暫ク御腋ニヤトラム我ハ救世菩薩也家ハ
西方ニアリトイヒテヲトリテ口ニ入ヌトミテ懐妊シ給ヘリ
太子ノ御伯父敏達天皇雨ノシタヲオサメ給初ノ年正月
一日夫人宮ノウチヲメクリテ厩ノモトニイタルホドニオホ
エスシテ生レ給ヘリオモト人ニイタカシメ寝殿ニイタル程
ニ俄ニ赤光西ヨリキタリイル御身甚馥シ四月ノ後ニ
ヨクモノノ給アクル年ノ二月十五日ノ朝ヨリ心ツカラ
タナ心ヲ合テ東ニ向テ南無仏ト云テヲカミ給/n2-9r・e2-6r
太子六才ニ成給ニ百済国ヨリハシメテ法師尼キタリテ
経論ヲモテワタレリ太子奏シ給持度レル経論ヲミナ
トキテ香ヲタキテ開見事ヲハリテ御門ニ申給月ノ八日
十四日十五日廿三日廿九日卅日コレヲハ六斎トス此日ハ梵王
帝尺ノマツリ事ヲミル殺生ヲトトムヘシ御門悦給テ雨乃
シタニミコトノリヲクタシテ此日々ニハ殺生ヲヤメ給八年ノ
冬新羅国ヨリ仏像ヲタテマツレリ太子申給西国ノ聖
尺迦牟尼仏ノ像ナリト百済国ヨリ日羅ト云人来レリ/n2-9l・e2-6l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/9

身ニ光明アリ太子窃ニ弊(ヤツレ)タル衣ヲキテ諸ノ童ニ
マシリテ難波ノタチニイタリテミル日羅太子ヲサシテア
ヤシフ太子オトロキテ去日羅ヒサマツキテタナ心ヲ合テ
云ク敬礼救世観世音伝燈東方粟散王ト申ス
ホトニ日羅大ニ身ノ光ヲハナツ太子又眉間ヨリ光ヲ放
給又百済国ヨリ弥勒ノ石ノ像ヲモチワタレリ時ニ大臣
蘇我馬子ノ宿禰コノ像ヲウケテ家ノ東ニ寺ヲツクリ天
スヘタテマツリテウヤマフ尼三人ヲスヱテヤシナフ大臣此寺ニ/n2-10r・e2-7r
塔ヲタツ太子ノノ給ハク塔ハコレ仏舎利ノウツハ物也尺迦
如来ノ舎利自然ニキタリナムト大臣コレヲキキテ祈ニ斎
飯ノウヘニ仏舎利一ツヲエタリルリノツホニイレテ塔ニヲキテオカ
ム太子ト大臣ト一心ニシテ三宝ヲヒロメムトオモフコノ時ニ/n2-10l・e2-7l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145963/1/10

1)
聖徳太子
2)
底本「アナトヘ」と傍書。
3)
間人(はしひと)が正しい。
4)
救世観世音菩薩
5) , 7)
「天」は底本表記「雨」。
6)
掌は底本表記「タナ心」。
8)
「掌」は底本表記「たな心」
text/sanboe/ka_sanboe2-01a.txt · 最終更新: 2024/08/29 18:58 by Satoshi Nakagawa