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text:sanboe:ka_sanboe1-12d

三宝絵詞

上巻 12 須大拏太子(4)

校訂本文

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しばしありて、人来たりて云はく、「われ聞く、君が妻(め)、形吉(よ)く心勝(すぐ)れたりと。われに与へよ」と云ふ1)。太子、答へ給はく、「まことにしかあり。今ことさらに来たれり。与ふばかりなり」と宣ふを、妻聞きて宣はく、「われを人に取らさつば、誰れか副(そ)ひて養ひ奉らむとする」と2)宣へば、太子答へ給はく、「われもし君を惜まば、願を満てむと誓ひし心違(たが)ふべし」と宣ひて、妻を引き授け給ふに、大地また振ひ動く。

この人、妻を取りて七歩(ななあゆみ)行くに、太子つひに悔ゆる心なし。人、返りて妻を返す。「われはこれ帝釈3)なり。子を人に与へつるを見て、妻を乞ひて心を試みつるなり。何事をか願ふ。われ与へむ」と云ひて、帝釈の形に成りぬ。妻拝みて云はく、「願はくは、わが子を将(ゐ)て去りぬる翁に、子を売らむと念(おも)ふ心を付けて、わが国に遣(や)り給へ。願はくは、わが子を守り助けて、飢ゑ苦しむことなからしめ給へ。願はくは、太子を早く本(もと)の国に返さしめ給へ」と云ふ。太子の云はく、「われは仏の道を尋ねて衆生を渡し、いよいよ人に物を施せむとなむ思ふ」と云へば、帝尺、「善哉(ぜんざい・よきかな)」と讃めて失せぬ。

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誘ヘ給トモ泣キ迷ヒテ不起ス暫有テ人来テ云ク吾レ/n1-42r・e1-39r
聞ク君カ妻形吉ク心勝タリト吾ニ与ヨト□フ太子答給
ハク誠トニ然有リ今故サラニ来レリ与許ナリト宣フヲ妻聞テ
宣ハク吾レヲ人ニ取サツハ誰レカ副テ奉養トスルニ宣ヘハ太子
答ヘ給ハク吾レ若シ君ヲ惜マハ願ヲ満テムト誓ヒシ心可違シト
宣ヒテ妻ヲ引キ授ケ給フニ大地又振ヒ動ク此ノ人妻ヲ
取テ七ナ歩ミ行クニ太子遂ニ悔ル心無シ人返テ妻ヲ
返ス吾レハ是帝尺也子ヲ人ニ与ツルヲ見テ妻ヲ乞ヒテ心ヲ
試ミツルナリ何事ヲカ願フ吾レ与ヘムト云ヒテ帝尺ノ形ニ成リヌ
妻拝テ云ク願ハ吾カ子ヲ将テ去リヌル翁ニ子ヲ売ラムト念フ/n1-42l・e1-39l

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145957/1/42

心ヲ付テ吾カ国ニ遣リ給ヘ願クハ吾カ子ヲ守リ助テ飢ヱ
苦シム事無カラシメ給ヘ願ハ太子ヲ早ク本ノ国ニ令返給ヘト
云フ太子ノ云ク吾ハ仏ノ道ヲ尋テ衆生ヲ渡シ弥ヨ人ニ
物ヲ施セムトナム思フト云ヘハ帝尺善哉ト讃メテ失ヌ其ノ時ニ/n1-43r・e1-40r

https://dl.ndl.go.jp/pid/1145957/1/43

1)
「云ふ」は底本「□フ」。一字欠損。前田家本により補う。
2)
「と」は底本「ニ」。文脈により訂正。
3)
帝釈天
text/sanboe/ka_sanboe1-12d.txt · 最終更新: 2024/08/06 17:39 by Satoshi Nakagawa