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text:karakagami:m_karakagami4-15

唐鏡 第四 漢武帝より更始にいたる

15 漢 孝成帝(2 薩広徳・蹴鞠)

校訂本文

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建始元暦己巳夏六月に、未央宮(びあうきゆう)に、青き蝿(はち)数万集まりて、殿中に満ち満てり。秋八月に月二つ出でたり。これは君弱くして、婦人こはかるべき1)しるしなりと申しき。

帝(みかど)2)、「宗廟を3)祀らむ」とて参り給ふに、船に乗らむとし給ふ。薩広徳といふ人申さく、「橋よりおはすべし。君聞き給はずは、われ首をはねて、血をもて君の車をけがしてむ。君もいかでか宗廟へ参り給はむ」。帝、心得ず思して立ち休らひ給ふほどに、張猛といふ者、進みて申さく、「臣聞く、君めでたくおはしませば、臣も直(しよく)なるなり。船に乗るは危ふきことなり。橋を過ぐるは安穏なることなり。また、『君は危ふきに乗らず』といふ喩へあり。広徳が申すこと聞き給ふべし」と申す。さて橋より過ぎ給ふ。

帝、蹴鞠4)を好み給ふ。劉向(りうきやう)といふ人申さく5)、「鞠(きく)は人体を労し、人力を竭(つく)6)す。よしなし」とて、その体を変じて弾基(だんき)を作りて参らす。その体、まことに蹴鞠の道なり。

蹴鞠は、昔、黄帝の造り給へるなり。兵勢(へいせい)によて作られりき。戦国より起れりとも申せり。高祖7)の父太公、武帝8)も好み給ひしなり。蹴鞠は兵勢よりおこれるゆゑに、代々の間、武勇(ぶよう)9)の家、ことにこれを好む。李将軍10)の射法にも、三十五篇に蹴鞠のやうを載せ11)、嫖姚(へうえう)将軍霍去病も、鞠宝を造りて好めりき。

この蹴鞠の道は、師の弟子を拝するこそ、その儀興あることなれ。諸道は弟子こそ師をば拝し侍るに、鞠道ばかりはかやうなるなり。内法にぞ灌頂の師の、弟子を拝する儀あるとかや。

建治四暦夏四月に、雪降ることありき。その年九月、長安城の南に、鼠、樹の上に巣をくひたりしこそ、いと不思議に侍りしか。

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翻刻

建始元暦己巳夏六月に未央宮に青き蝿(ハチ)数万集
て殿中にみちみてり穐八月に月二出たりこれは
君よはくして婦人こはばなべき(イコハカルヘキ)しるしなりと申
き御門宗廟(ソウベウ)ををまつらむとてまいりたまふに
船にのらむとし給ふ薩(サツ)広徳と云人申さく橋より
おはすへし君きき給はすはわれくひをはねて血(チ)を
もて君の車をけかしてむ君もいかてか宗廟へまい
り給はむ御門心えすおほしてたちやすらひ給程に/s112r・m202
張(チヤウ)猛といふものすすみて申さく臣聞君めてたくおは
しませは臣も直(シヨク)なるなりふねにのるはあやうき
事なり橋をすくるは安穏なることなり又君はあや
うきにのらすと云たとへあり広(カウ)徳か申事きき給ふ
へしと申す扨橋よりすき給ふ帝蹴鞠(シウキク・ケル)をこのみ
給劉向(リウキヤウ)と云人さて(イ申サク)鞠(キク)は人体を労(ロウ)し人力を〓(ツク)すよ
しなしとて其体を変(ヘン)して弾基(タンキ)をつくりてまいら
すその体まことに蹴鞠の道なり蹴鞠は昔黄帝の
造給へる也兵勢(ヘイセイ)によてつくられりき戦国(センコク)より起れ
り共申せり高祖の父大公武帝も好給し也蹴鞠/s112l・m203

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/112

は兵勢よりおこれるゆへに代々のあひた武勇(ヨウ/イサム)の
家ことにこれを好む李将軍の射法(シヤホウ)にも三十五篇に
蹴鞠のやうをの也(イセ)嫖姚(ヘウエウ)将軍霍去病(クワクキヨヘイ)も鞠宝を造て
このめりきこの蹴鞠の道は師の弟子を拝する
こそ其儀興ある事なれ諸道は弟子こそ師をは拝
し侍るに鞠道はかりはかやうなるなり内法にそ灌頂
の師の弟子を拝する儀有とかや建治四暦夏四月
に雪ふることありきそのとし九月長安城の南に
鼠(ネスミ)樹(キ)の上に巣(ス)をくひたりしこそいとふしきに
侍しか/s113r・m204

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/113

1)
「こはかるべき」は底本「こはばなべき」。底本の異本注記により訂正。
2)
成帝・劉驁
3)
「宗廟を」は底本「宗廟をを」。衍字を見て「を」を一字削除。
4)
底本「シウキク」と読み仮名。「蹴」に「ケル」と注。
5)
「申さく」は底本「さて」。底本の異本注記により訂正。
6)
「竭」は底本言偏に易か。「ツク」と読み仮名。内閣文庫本により訂正。
7)
劉邦
8)
劉徹
9)
底本「勇」に「ヨウ/イサム」と読み仮名及び注。
10)
李広
11)
「載せ」は底本「の也」。底本の異本注記により訂正。
text/karakagami/m_karakagami4-15.txt · 最終更新: 2023/02/23 22:17 by Satoshi Nakagawa