text:chomonju:s_chomonju712
古今著聞集 魚虫禽獣第三十
712 伊勢国別保といふ所へ前刑部少輔忠盛朝臣下りたりけるに・・・
校訂本文
伊勢国別保といふ所へ、前刑部少輔忠盛朝臣1)下りたりけるに、浦人、日ごとに網を引きけるに、ある日大きなる魚の、頭(かしら)は人のやうにてありながら、歯は細かにて魚にたがはず、口さし出でて猿に似たりけり。身は世の常の魚にてありけるを、三隻引き出だしたりけるを、二人して担ひたりけるが、尾なほ土に多く引かれてけり。人の近く寄りければ、高くをめく声、人のごとし。また涙を流すも人に変はらず。驚きあさみて、二隻をば忠成朝臣のもとへ持て行き。一隻をば浦人取りてけり。
忠成朝臣、恐れ思ひけるにや、すなはち浦人に返してければ、浦人、みな切り食ひてけり。されども、あへてことなし。その味はひ、ことによかりけるとぞ。
人魚といふなるは、これ体(てい)の物なるにや。
翻刻
伊勢国別保といふ所へ前刑部少輔忠盛朝臣くたり
たりけるに浦人日ことに網をひきけるに或日大なる/s553r
魚のかしらは人のやうにてありなからははこまかにて 魚にたかはす口さしいてて猿ににたりけり身はよのつ ねの魚にてありけるを三隻ひきいたしたりける を二人してにないたりけるか尾猶つちにおほくひか れてけり人のちかくよりけれはたかくをめくこゑ人の ことし又涙をなかすも人にかはらすおとろきあさ みて二隻をは忠成朝臣のもとへもてゆき一隻を は浦人とりてけり忠成朝臣おそれ思けるにや すなはち浦人にかへしてけれはうら人みなきりく ひてけりされともあへてことなしそのあちはひことに よかりけるとそ人魚といふなるはこれていの物なるにや/s553l
1)
平忠盛
text/chomonju/s_chomonju712.txt · 最終更新: 2021/01/27 18:37 by Satoshi Nakagawa