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成尋阿闍梨母集

じょうじんあじゃりははのしゅう

成立と内容

平安時代後期の成立。二巻からなる。私家集的な題名が付けられているが、内容から日記文学と見られることが多い。

諸本の外題に「成尋阿闍梨母集」とあり、175首の和歌が詠みこまれているため、歌集として伝来したきたが、散文部分にウェイトが置かれ、内容面からみても女流日記文学の系譜に連なるものであると考えられる。

成尋母は醍醐源氏源俊賢の娘で、兄弟には源顕基や、散佚「宇治大納言物語」の撰者とされる源隆国がおり、非常に高貴な家柄である。

作者が80余歳の時、息子の高僧成尋五台山巡礼のため、に渡ることになる。その母親としての離別の悲しみをつづったもの。なお、成尋が渡宋後、天台山・五台山を巡礼した際の日記に『参天台五台山記』がある。

二巻からなるが、それらは時系列的に並んでいるのではなく、一巻を書き終えた後、さらに書き足りないことを書くという形で、二巻を書き始めている。

諸本

冷泉家本(大阪青山学園所蔵)とそれを筆写した宮内庁書陵部本の二本。

参考文献

  • 私家集大成2
  • 講談社学術文庫『成尋阿闍梨母集全訳注』(宮崎荘平・講談社・昭和54年10月10日)
rhizome/成尋阿闍梨母集.txt · 最終更新: 2017/02/05 19:20 by Satoshi Nakagawa
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