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六歌仙

ろっかせん

六人のすぐれた歌人の意で、下の表の六人を指す。

もともと、『古今和歌集』仮名序で、紀貫之がこの六人を評価したことに始まるが、「六歌仙」と称するようになったのは少なくとも『後撰和歌集』以後と考えられる。

人名入集歌数1)仮名序の評
僧正遍昭17歌のさまは得たれども、まことすくなし
在原業平30その心あまりて、ことばたらず
文屋康秀5ことばはたくみにて、そのさま身におはず
喜撰法師1ことばかすかにして、始め終りたしかならず
小野小町18あはれなるやうにてつよからず
大伴黒主4そのさまいやし

【古今集仮名序より】

わづかにひとりふたりなりき、しかあれどこれかれえたるところ、えぬところたがひになむある。かの御時よりこのかた、年はももとせあまり、世はとつぎになむなりにける。いにしへの事をもうたをも、しれる人よむ人おほからず。いまこのことをいふに、つかさくらゐたかき人をば、たやすきやうなればいれず、そのほかにちかき世に、その名きこえたる人は、すなはち、
僧正遍昭は、うたのさまはえたれどもまことすくなし。たとへばゑにかけるをうなを見ていたづらに心をうごかすがごとし。
あさみどりいとよりかけてしらつゆをたまにも ぬけるはるの柳か
はちすばのにごりにしまぬ心もてなにかはつゆをたまとあざむく

さがのにてむまよりおちてよめる

名にめでてをれるばかりぞをみなへしわれ おちにきと人にかたるな
ありはらのなりひらはその心あまりてことばたらず。しぼ める花のいろなくてにほひのこれるがごとし。
月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にし て
おほかたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの
ねぬる よのゆめをはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな
ふんやのやすひでは ことばはたくみにて、そのさま身におはず。いはばあき人のよききぬきたらむがごとし。
吹からによもの草木のしをるればむべ山かぜをあらしといふらむ

深草のみかどの御国忌に

草ふかきかすみのたににかげかくしてる日のくれしけふにやはあらぬ
宇治山のそうきせんは、ことばかすかにしてはじめをはりたしかならず。いはば秋の月を見るにあかつきのくもにあへるがごとし
わがいほはみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり

よ めるうたおほくきこえねば、かれこれをかよはしてよくしらず

をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり、あはれなるやうにてつよからず。いはばよきをうなのなやめる所あるににたり。つよからぬはをうなのうたなればなるべし。
思ひつつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを
いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける
わびぬれ ば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思ふ

そとほりひめのうた、

わがせこがくべきよひなりささがにのくものふるまひかねてしるしも
おほとものくろぬしは、そのさまいやし。いはばたきぎおへる山びとの花のかげにやすめるがごとし
思ひいでてこひしき時ははつかりのなきてわたると人はしらずや
かがみ山 いざたちよりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると

【古今集真名序より】

近代,在古風者,纔二三人.然長短不同,論以可弁.
華山僧正,尤得歌体.然其詞華而少實.如圖畫好女,徒動人情.
在原中將之歌,其情有余,其詞不足.如萎花雖少彩色,而有薫香.
文琳巧詠物.然其体近俗.如賈人之著鮮衣.
宇治山僧喜撰,其詞華麗,而首尾停滯.如望秋月遇曉雲.
小野小町之歌,古衣通姫之流也.然艷而無氣力.如病婦之著花粉.
大友黒主之歌,古猿丸大夫之次也.頗有逸興,而体甚鄙.如田夫之息花前也.
此外,氏姓流聞者,不可勝數.其大底皆以艷為基,不知和歌之趣者也.
1)
古今集に入集した歌数
rhizome/六歌仙.txt · 最終更新: 2014/03/18 21:44 by Satoshi Nakagawa
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