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巻5第4話(39) 上人の事
校訂本文
昔の上人は、大国は申すに及ばず、わが国の上代の上人のことこれを聞くに、名利(みやうり)深く厭(いと)ひ棄て、道行高く願ひ行ひき。まづ世を遁(のが)れたる形、名利心になかるべし。みな人ごと思ひ立ちながら、なほなほ棄て果てぬにや。大象尾にかかる夢に違(たが)はず。
昔、漢朝(かんてう)に貴き聞こえありて、勅使を立て召されしに、山中に住して、官人のため礼儀せず、鼻より涕(しる)たる拭(のご)はず。官人、「わがため涕を拭へ」。答へて云はく、「何の暇(いとま)ありてか、俗人のため涕を拭はん。云々」。これ棄て果てたる形なり。
高野の五智房1)は、覚鑁(かくばん)上人の弟子、知法の人と聞こえけり。乱行の名ありければ、灌頂(くわんぢやう)行ひて大阿闍梨(だいあじやり)にて列に立ちたるを、寺僧、「恥ぢがましきことあたへん」と支度(したく)しけるに、雨(あめふ)る日、笠を持たざるに、雨かからざりければ、人敬ふて、別のことなかりけりといへり。
遁世の門に入りて、小庵に行きて籠居(ろうきよ)したるを、後白川の法皇2)の高野の御幸(ごかう・みゆき)のついでに召されけるに、「風気(ふうき)いぶせく候ふ」とて参ぜず。たびたび召すに参ぜず。さて、庵室へ御幸なりたるに、ほたたきて腰あぶりて、立ちも上がらで、「風気の候ふ」と申しければ、背を拝みて還御ありけりと云へり。
今の代には、かかる人もあらじ。拝ませ給ふ王もおはしますべしとも覚えず。
和州三輪山、常観房の上人は、真言師、貴(たつと)き聞えありて、興福寺の時の別当請じ給ひければ、参じて小衣に足駄(あしだ)履きて参じて、罷り出でられける時、庭へ下りて送らせ給ひければ、「誰(た)が子にておはします」と問ひ申さるるに、「普賢寺入道3)の子息にて侍り」と仰せられければ、「さては上郎にておはおはしましけるや」と申されける。今の代には、「尾籠(びろう)の上人なり」と沙汰あらまし。このことを感じて、「この御房はまことの上人なりけり。さすが、わがもとへ来たるほどの人、誰(たれ)と知らずやあるべき。貴し」と仰せられけりと云へり。
今の代の人は、名人の心のみありて、顛倒(てんたう)の心を恥ぢざるなり。されば、仏徳をかぶる人、世にまれにのみ聞え侍り。
故金剛王院の僧正実賢は、知法の人、智者にて、法愛の心深くして、いかなる者とも、野の中、路の辺にても、法門物語せられけると云へり。故金剛王院の厳海(ごんかい)僧正召し仕ひける承仕(じようじ)法師、老々たるが、韮畠(にらばたけ)作りける所にて、「故僧正御房は、いかなる承仕をか召し仕ひし」と問はれければ、かしこまりて、「ただ信ある者を召し仕はれ候ひし。『これ愚痴(ぐち)の者なれども、信のあれば召し仕ふなり』とて、理趣礼懺(りしゆらいさん)ばかり御許し候ひて、年久しく召し仕はれ候ひし。『なんぢは愚痴の者なれば、深き法門、まことしき義理、いかに云ふとも知るべからず。浅きことばかり教へむ。仏は無相の法身とて、悟り深き行者が、観念して深き利益あり。重々の機(き)に、分々の利益を施し給ふ。愚かなる者の、敬ふ心なくて、木石のごとく思へるには、ただ木石のごとし。益(やく)なし。おのれが智恵にては、深き観心はかなはじ。ただ仏を敬ひ畏れ慎しむこと、われほどに思へ』と仰せ候ひしかば、仏の御前にて香華(かうげ)をも参らせ候ふ。よろつ立振舞(たちふるまひ)候ひし心、僧正御前のごとく、ちとも違はず振舞ひ候ひしかば、その心ざまを御覧じて、信ある者に思はれ参らせて候ひしか」と申しければ、感涙を流して、「すでに学問したり」とて悦びて、一期(いちご)の間、折節衣物(いもつ)賜びてけり。
これほどの道理は人ごとに知りぬべし。僧正もいかが知り給はざらむなれども、「先達の口伝(くでん)、まことにさるべし」と感じ思はれける。常の人の心は。仏をば恥ぢず礼せず、檀那をば恥ぢへつらふ類(たぐひ)多し。かかる心にては、檀那の施(せ)は受くることありとも、仏の恩はありがたかるべし。これ顛倒の心なり。
仏に恭敬(くぎやう)の心なきは、昔、竜蛇(りゆうじや)の中より来たれるゆゑ、また彼の中に生ずべし。律の中に見えたり。仏前に参詣しては、必ず仏を礼すべし。華厳4)等の経に、五悔(ごけ)等の行、その徳委細なり。礼懺経(れいさんきやう)、もつとも明々なり。
東福寺の開山5)も、夜中(やちう)に仏前において礼拝し、帰命本覚等(文)誦し給ひけると承る。この文は、天竺に破戒の僧千僧に入らずして、僧の数とも思はず、さりながら一人事欠けて、請じて供養するに、人みな破戒無懺なることを知りて、饍(ぜん)を持ちて供する者なし。天童現じて配饍(はいぜん)し給ひければ、驚いてそのゆゑを問ふに、「別の行なし。ただこの経の文を誦(ず)するばかり」と云ひけり。その名を弥留越(みるをつ)と云へり。
仏前にしては、普礼の印真言、普供養の印明、大虚空蔵の印明、小金剛輪印明、真言師は必ずこれを行ず。その後(のち)、本尊の呪、念誦するなり。敬礼天人(きやうらいてんにん)の四句は、心地観経の文なり。三身の礼なり。初めの二句は応身(おうじん)、次の二句は報身(ほうじん)、後の一句法身(ほつしん)なり。如来妙色身等の二偈は、勝鬘経の文なり。勝鬘夫人(しようまんぶにん)の宮中にて、遥かに霊山(りやうぜん)の本師を礼し給ひし文、初めの四句一偈は応身、次の二句は報身、後の二句は法身なり。必ずこれを誦すべし。
我此(がし)の道場の文勝なり。経文「能礼所性空寂、自身他身体無二、願共衆生体解道、発無上道帰真際」。この経文は往生要集にこれあり。経は忘却せり。我此道場の一具なり。
華厳経礼拝は殊勝の行なり。一仏を礼する、なほその徳大なり。凡眼(ぼんげん)の見ざること、盲人のごとし。天人・賢聖(げんじやう)、仏眼の照らす所、帝釈の網のごとく明鏡の影のごとし。十方浄土に影現して、一々の仏の御前に、われ礼をなす。その数辺際あるべからず。これのゆゑに、一礼の徳、金輪際(こんりんざい)に至る。一塵、転輪王(てんりんわう)の果報を得と云へり。懈怠(けだい)の人のため、その徳を記せり。一偈一印一念、すべて深く思へば、法界に融す。いかがなほざりに思はむや。輪王果報を得ることは、心地観経の説なり。
上人に多種あり。鹿角上人、落ちげもなくて落つるなり。牛のふぐり上人、落ちげにて落ちず。牛角上人、落ちげにもなくて落ちず。蜘蛛(ちちゆ)上人、蜘(くも)の家を作りてあれば、虫かかれば取りて食とするごとく、庵を結びて栖(す)めば、自然に食物来たるを用ゆるなり。井杙(ゐぐひ)上人、これも井杙の自然に万物流れかかれば、それにまかせてあるごとく、かかるにしたがひて世を渡る。唐(からから)上人、唐の僧の唐国に在るを云ふなり。唐此(からここ)の土上人、唐僧の日本へ越ゆるなり。隆老6)等のごとし。此唐(ここから)上人、日本の僧の渡唐せるなり。此此(ここここ)上人、日本僧なり。
近代、唐僧多く渡りて、唐様(からやう)世に盛りなり。国ごとにして人の風情(ふぜい)少し変はれり。存知(ぞんぢ)すべきことなり。ある人は、一向唐様と云ひて、仰いで信じ、戒律教門に違(い)する順ずる知らざる人これあり。愚かなり。あるいは異国様(いこくやう)とて誹(そし)り信ぜる輩(ともがら)これあり。みな偏執なり。
唐国は大乗の機多き国にて、上古より禅師多く聞こゆ。伝灯録等に見えたり。当時も禅門盛りにして、在家・出家、座禅学道人多し。教門には天台・法相これあり。華厳は高麗盛りなりと聞こゆ。唐にも翫(もてあそ)びて、禅師の中にも多く翫ぶ。大恵7)は千遍経を披覧8)せりと云へり。清凉大師9)・圭峯禅師10)、もつぱらこれを宗とす。真言・三論・戒律、同廃と云へり。密宗は四大師11)渡り給ひて、日本に盛りなり。天台宗、伝教大師12)渡し給ひて、随分これあり。法相も同じくこれあり。華厳・三論は人少なし。律は近代中興せり。宋朝は勝(すぐ)れたり。唐僧無学長老13)等、律僧を貴びて、在世のごとく申されけるとかや。宋朝は五十年ばかりの前、律院の長老蓮宗師とかや聞きし。ただ一人、持斎(ぢさい)の僧と沙汰しき。天下に持斎の僧すたれ、魚肉等これを用ゐる事、人目を憚らず云々。
日本は律僧は申すに及ばず、常の名僧も用ゐざる人多し。戒律・真言の行儀は、当代は日本事宜(よろ)しきか。宋朝は戒律・真言の行法はすたれたりといへども、道心ありて、座禅工夫の人多し。まことに道心ありて、用心あやまらずは、戒律おろかなりとも、乗急戒緩(じようきふかいくわん)の人たるべし。日本の僧、座禅工夫の人少なし。真言の行法などは、随分に当代もこれあり。
彼此(ひし)互ひに得失これをわきまへて、他の非を見ずして、心を励ますべし。遍(へん)に信じ遍に誹(そし)ることよしなし。可し依る法に。人に依るべからず。これすなはち、四依の一つなり。憶断(おくだん)にあらず。いづれもまことあらば、一徳に余の失を消すべし。
古人の云はく、「一得得あれば、万失失にあらず。一失失あれば、万得得にあらず、云々」。これもつともしかるべし。水火のあひ奪ふかごとし。互ひに盛りなれば、しばらく彼の勢を奪ふこと現量(げんりやう)なり。此量を待つべからず。ただ内行実あれば、随分利益空かるべからず。三業実あれば、顕密・禅教・聖・浄土、いづれもいづれもその益空しかるべからざるものか。これ金言なり。しばらく先蹤(せんじよう)あり。何ぞ疑惑を致さんや。
翻刻
上人事 昔ノ上人ハ大国ハ申ニ不及ハ我国ノ上代ノ上人ノ事聞ニ之ヲ名利 深ク厭ヒ棄テ道行高ク願ヒ行ヒキ先ツ世ヲ遁レタル形名利心ニ ナカルヘシ皆毎ニ人思ヒ立チナカラ猶ヲ々ステハテヌニヤ大象尾ニカカル/3-14l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/14
夢ニタカハス ○昔漢朝ニ貴キ聞ヘ有テ勅使ヲ立テメサレシニ 山中ニ住シテ官人ノタメ礼儀セス鼻ヨリ涕タル不拭官人為我 拭ヘ涕ヲ答云何ノ暇有テカ為俗人ノ拭ハン涕ヲ云々コレステハテタル 形也 ○高野ノ五智房ハ覚鑁上人ノ弟子知法ノ人ト 聞ヘケリ乱行ノ名有リケレハ灌頂行テ大阿闍梨ニテ列ニ立 タルヲ寺僧恥カマシキ事アタエント支度シケルニ雨ル日笠ヲモタ サルニ雨カカラサリケレハ人敬ウテ別ノ事ナカリケリトイヘリ遁世ノ 門ニ入テ小庵ニ行テ籠居シタルヲ後白川ノ法皇ノ高野ノ御 幸ノ次ニ被召サケルニ風気イフセク候トテ不参セ度々メスニ不参 サテ庵室ヘ御幸ナリタルニホタタキテ腰アフリテ立モアガラデ 風気ノ候ト申ケレハ背ヲヲカミテ還御有リケリト云ヘリ今ノ 代ニハカカル人モアラシヲカマセ給フ王モヲハシマスヘシトモヲホヘス/3-15r
○和州三輪山常観房ノ上人ハ真言師貴キ聞ヘ有テ興福寺ノ 時ノ別当請シ給ヒケレハ参シテ小衣ニ足駄ハキテ参シテ罷リ出 ラレケル時庭ヘ下テヲクラセ給ヒケレハタカ子ニテヲハシマスト 問ヒ申サルルニ普賢寺入道ノ子息ニテ侍リト被仰ケレハサテハ 上郎ニテヲハシマシケルヤト被申ケル今ノ代ニハ尾籠ノ上人 也ト沙汰アラマシ此ノ事ヲ感シテ此御房ハマコトノ上人也ケリ サスカ我許ヘ来ル程ノ人タレトシラスヤアルヘキ貴シト被仰ケリト 云ヘリ今ノ代ノ人ハ名人ノ心ノミ有テ不恥顛倒ノ心ヲ也サレハ仏 徳ヲカフル人世ニマレニノミ聞ヘ侍リ ○故金剛王院ノ 僧正実賢ハ知法ノ人智者ニテ法愛ノ心フカクシテイカナル者 トモ野ノ中路ノ辺ニテモ法門物語セラレケルト云ヘリ故金剛 王院ノ厳海僧正召仕ヒケル承仕法師老々タルカ韮畠作リ/3-15l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/15
ケル所ニテ故僧正御房ハイカナル承仕ヲカ召シ仕シト問ハレケレハ 畏テ只信有ル者ヲ被召仕候シコレ愚痴ノ者ナレトモ信ノ有レハ 召仕也トテ理趣礼懺ハカリ御許候テ年久ク被召仕候シ 汝ハ愚痴ノ者ナレハフカキ法門マコトシキ義理イカニ云トモ 知ルヘカラス浅キコトハカリヲシエム仏ハ無相ノ法身トテ悟リ フカキ行者カ観念シテ深キ利益アリ重々ノ機ニ分々ノ利益ヲホト コシ給フヲロカナル者ノ敬フ心ナクテ木石ノ如ク思ヘルニハ只木石ノ 如シ益ナシ己カ智恵ニテハ深キ観心ハカナハシ只仏ヲ敬ヒヲソレツツ シム事我レ程ニ思ヘト仰セ候シカハ仏ノ御前ニテ香華ヲモマイラセ 候ヨロツ立振舞候シ心僧正御前ノコトクチトモタカハス振舞 候シカハ其ノ心サマヲ御覧シテ信有ル者ニ思ハレマヒラセテ候シカト 申ケレハ感涙ヲナカシテ已ニ学問シタリトテ悦テ一期ノ間折/3-16r
節衣物タヒテケリコレホトノ道理ハ人コトニ知リヌヘシ僧正モイ カカ知リ給ハサラムナレトモ先達ノ口伝マコトニサルヘシト感シ思 ハレケル常ノ人ノ心ハ仏ヲハ恥ス礼セス檀那ヲハ恥ヘツラフ類 多シカカル心ニテハ檀那ノ施ハ受事有リトモ仏ノ恩ハ有カタカル ヘシコレ顛倒ノ心也 ○仏ニ恭敬ノ心ナキハ昔龍蛇ノ中ヨリ 来レル故又彼ノ中ニ可生律ノ中ニ見ヘタリ仏前ニ参詣シテハ必ス可 礼ス仏ヲ華厳等ノ経ニ五悔等ノ行其ノ徳委細也礼懺経尤モ明 明也 ○東福寺ノ開山モ夜中ニ於テ仏前ニ礼拝シ帰命 本覚等(文)誦シ給ヒケルト承ル此ノ文ハ天竺ニ破戒ノ僧千僧ニ不入 シテ僧ノ数トモ人不思ハサリナカラ一人事闕テ請シテ供養スルニ 人皆ナ破戒無懺ナル事ヲ知テ饍ヲ持テ供スル者ナシ天童現シテ 配饍シ給ケレハ驚テ其ノ故ヲ問ニ別ノ行ナシ只此ノ経ノ文ヲ誦スル/3-16l
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ハカリト云ケリ其ノ名ヲ弥留越ト云ヘリ ○仏前ニシテハ普礼ノ 印真言普供養ノ印明大虚空蔵ノ印明小金剛輪印明真 言師ハ必ズ行ス之ヲ其ノ後チ本尊ノ呪念誦スルナリ敬礼天人ノ四句ハ 心地観経ノ文也三身ノ礼也初ノ二句ハ応身次ノ二句ハ報身後ノ 一句法身也如来妙色身等ノ二偈ハ勝鬘経ノ文也勝鬘 夫人ノ宮中ニテ遥ニ霊山ノ本師ヲ礼シ給シ文初ノ四句一偈ハ応身 次ノ二句ハ報身後ノ二句ハ法身也必ズ可誦ス之ヲ我此ノ道場ノ文 勝也経文 能礼所性空寂自身他身体無二 願共衆生体解道 発無上道帰真際此経文ハ 往生要集ニ有之経ハ忘却セリ我此道場ノ一具也華厳経礼 拝ハ殊勝ノ行也一仏ヲ礼スル猶ヲ其ノ徳大也凡眼ノ不コト見如シ盲人ノ 天人賢聖仏眼ノ所照如帝釈ノ網ノ如明鏡影十方浄土ニ影/3-17r
現シテ一々ノ仏ノ御前ニ我レ作ス礼ヲ其ノ数不可有ル辺際是ノ故ニ一礼ノ徳 至ル金輪際ニ一塵得ト転輪王ノ果報ヲ云ヘリ懈怠ノ人ノタメ其ノ徳ヲ 記セリ一偈一印一念都テ深ク思ヘハ法界ニ融ス如何カナヲ サリニ思ハムヤ輪王果報ヲ得ル事ハ心地観経ノ説也 ○上人ニ有多種鹿角上人ヲチケモナクテ落ルナリ牛ノフクリ 上人ヲチゲニテ落ズ牛角上人ヲチケニモナクテヲチス蜘蛛 上人蜘ノ家ヲ作リテ有レハ虫カカレハ取テ食トスル如ク庵ヲ結テ栖メハ 自然ニ食物来ルヲ用也井杙上人コレモ井杙ノ自然ニ万物 流レカカレハソレニマカセテアル如クカカルニシタカヒテ世ヲ渡ル唐 上人唐ノ僧ノ在唐国ニ云也唐此ノ土上人唐僧ノ日本ヘ越ユル也 如シ隆老等ノ此ノ唐上人日本ノ僧ノ渡唐セル也此此上人日 本僧也近代唐僧多ク渡テ唐様世ニ盛也国コトニシテ人ノ風/3-17l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/17
情スコシカハレリ可キ存知事也或ル人ハ一向唐様ト云テ仰テ信シ 戒律教門ニ違スル順スルシラサル人コレ有リ愚也或ハ異国様 トテ誹リ信セル輩コレアリ皆ナ偏執也唐国ハ大乗ノ機多キ国ニテ 上古ヨリ禅師多ク聞ユ伝灯録等ニ見ヘタリ当時モ禅門盛ニシテ 在家出家座禅学道人多シ教門ニハ天台法相有之華厳ハ 高麗盛也ト聞ユ唐ニモ翫ビテ禅師ノ中ニモ多ク翫フ大恵ハ千遍経ヲ 披〓セリト云ヘリ清凉大師圭峯禅師専ラ宗之真言三論 戒律同廃ト云ヘリ密宗ハ四大師渡給テ日本ニ盛也天台宗 又伝教大師渡シ給テ随分有リ之法相モ同ク有之華厳三論ハ 人少シ律ハ近代中興セリ宋朝ハ勝タリ唐僧無学長老等 律僧ヲ貴ヒテ在世ノ如ク被申ケルトカヤ宋朝ハ五十年計ノ前 律院ノ長老蓮宗師トカヤ聞シ只一人持斎ノ僧ト沙汰シキ天/3-18r
下ニ持斎ノ僧スタレ魚肉等用ル之事人目ヲ不憚ラ云々日本ハ律 僧ハ申ニ不及ハ常ノ名僧モ不ル用人多シ戒律真言ノ行儀ハ当 代ハ日本事宜歟宋朝ハ戒律真言ノ行法ハスタレタリト云ヘトモ 道心アリテ坐禅工夫ノ人多シマコトニ道心アリテ用心アヤマラ スハ戒律ヲロカナリトモ乗急戒緩ノ人タルヘシ日本ノ僧坐禅工 夫ノ人スクナシ真言ノ行法ナトハ随分ニ当代モ有之彼此タカ ヒニ得失是ヲワキマヘテ他ノ非ヲ見スシテ心ヲ励スヘシ遍ニ信シ遍ニ 誹ル事ヨシナシ可シ依ル法ニ不可依ル人ニ是レ則チ四依ノ一也非ス憶断ニ イツレモマコトアラハ一徳ニ餘ノ失ヲ消スヘシ古人ノ云ク一得有得 万失非失ニ一失有ハ失万得非得云々コレ尤モ可然ル水火ノ相ヒ 奪カ如シタカヒニ盛ナレハシハラク彼ノ勢ヲ奪フ事現量也不可 待此量ヲ只内行有実随分利益不可空カル三業有実顕密/3-18l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13386679/1/18
禅教聖浄土イツレモイツレモ其ノ益不ル可空カル物ノ歟是レ金言也且有 先蹤何ンソ致ン疑惑ヲ哉/3-19r
