text:zotanshu:zotan02-01
巻2第1話(15) 物ごとに得失相並ぶ事
校訂本文
涅槃経の中に見えたり。功徳天(くどくてん)・黒闇天(こくあんてん)、あるいは吉祥天(きちじやうてん)・黒耳天(こくにてん)とも立てたり。新旧(しんく)の異、姉妹(あねいもと)なり。時としてあひ離れず。功徳天到るところには、富貴栄華等の吉祥のことあり。黒天の至るところには、貧賤衰悩等の不祥のことあり。譬(たと)へば、生(しやう)と会(ゑ)とは姉のごとく、死と離とは妹のごとし。生者必滅(しやうじやひつめつ)、会者定離(ゑしやぢやうり)の、天然の理事を示すなり。
世間にこの道理思ひ解く人まれなれば、生と会とを悦びて、死と離とを憂ふ。もしこの道理を 解了(げれう)せむ人は、生の時死を思ひ、会の時離を思ひ、悦びも愁へもあるべからず。古人の云はく、「流るに随て認(したた)めて性を得れば、喜びもなくまた憂へもなし。云々」。性(しやう)は本来死もなく、会離もなし。凡性の妄執、生を悦び死を憂ふ。これ仮相(けさう)を見て実性(しつしやう)を知ることなきゆゑなり。諸法は幻化(げんけ)なり。夢中の妄意、執すべからず。
おほかたは万事に得失あること、外典(げでん)にも示す。老子の云はく、「禍(わざは)ひはこれ福の倚(よ)る所。福はこれ禍の伏す所」。これを取りて、禍ひに心改めて、過(とが)を悔ひ、徳を行なへば、禍ひ去りて福来たる。無生の懺悔に罪消えて、道を悟るがごとし。福に憍(おご)つて非を行へば、福去るて禍ひ来たる。四禅比丘、増上慢によりて、禅定の報ひ失せて、地獄に入るがごとし。経の1)「知見に知を立つるはすなはち無明、もと知見に見無ければすなはちこれ涅槃、云々」。知見これ善悪の根本なり。
翻刻
雑談集巻之第二 毎物得失相並事 涅槃経ノ中ニ見ヘタリ功徳天黒闇天或ハ吉祥天黒耳天トモ 立タリ新旧ノ異姉妹也時トシテ相ヒハナレス功徳天到ル処ニハ 冨貴栄華等ノ吉祥ノ事アリ黒天ノ至ル処ニハ貧賤衰悩等ノ/1-28l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/28
不祥ノ事アリ譬ヘハ生ト会トハ如ク姉ノ死ト離トハ如シ妹ノ生者必 滅会者定離ノ天然ノ理事ヲ示ス也世間ニ此道理思ヒ解ク 人マレナレハ生ト会トヲ悦テ死ト離トヲ憂フ若シ此ノ道理ヲ 解了セム人ハ生ノ時死ヲ思ヒ会ノ時離ヲ思ヒ悦ビモ愁モ不可 有古人ノ云随テ流ルニ認メテ得レハ性ヲ無ク喜モ亦無シ憂ヘモ云々性ハ者本来無ク 死モ無シ会離モ凡性ノ妄執生ヲ悦ヒ死ヲ憂ウ是レ仮相ヲ見テ実性ヲ 知ル事無キ故也諸法ハ幻化也夢中ノ妄意不可執スヲホカタハ万 事ニ得失アル事外典ニモ示ス老子ノ云禍ハ之福所倚ル福ハ之禍ノ所 伏ス取之禍ニ心改テ過ヲ悔ヒ徳ヲ行ナヘハ禍ハヒ去テ福来ル無生ノ 懺悔ニ罪消テ道ヲ悟ルカ如シ福ニ憍テ非ヲ行ヘハ福去テ禍来ル 四禅比丘増上慢ニ依テ禅定ノ報失テ地獄ニ入カ如シ経ノ知見ニ 立ルハ知ヲ即チ無明本ト知見ニ無レハ見即チ此レ涅槃云々知見是善悪ノ/1-29r
根本也/1-29l
1)
首楞厳経
text/zotanshu/zotan02-01.txt · 最終更新: by Satoshi Nakagawa
