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巻1第1話(1) 自力他力の事
校訂本文
南都のある僧房の房主(ばうず)、同宿(どうじゆく)を呵責(かしやく)して、「時(じ)・非時、食(じき)しながら、房主の要事(えうじ)に立たず」と云ふ。同宿答へて云はく、「第八識の所変の食なり。わが果報(くわほう)なるに、あながちに恩がましく仰せらるる」と云ふ時、「さらば、御房の所変の食を食せよ」とて追却(ついきやく)し畢(をはん)ぬ。
これただ自力自所変の法門を知りて、他力無尽の法門を知らざるなり。古人の云はく、「ただ針の円(まどか)なるを知りて、鑺(すき)の方なるを知らず(取意)」。自業自得果は定まれることなり。また他力の因縁これあり。輪王(りんわう)の御幸に、劣夫(れつぷ)一日一夜に四天下を廻る。これ王の力なり。また葛藤(かつとう/かづら・ふぢ)の高きに懸(かか)つて千尋の天に登り、蚊虻(もんまう/か・あぶ)の騏(き)の尾に付きて万里の雲をわくる。これ他力なり。
梵網(ぼんまう)1)の説に、千葉(せんえふ)の釈迦、凡夫(ぼんぶ)を将(ひき)ゐて、台上の報土(ほうど)へ引導(いんだう)し給ひし。これ他力の断無明(だんむみやう)の菩薩の可見(かけん)の実報土(じつほうど)を凡夫しばらくこれを見る。須達(しゆだつ)、祇園精舎(ぎおんしやうじや)を造りし時、果報天に現ぜし。舎利弗(しやりほつ)、天眼(てんげん)を須達に借してこれを見せしむ。かくのごときことをもつて、他力の不思議を信ぜば、弥陀(みだ)の本願をも信じて、往生の素懐(そくわい)をも遂ぐべきことなり。
無縁の寺、常に烟を絶つ。しかれども、生得(しやうとく)の自力か、小縁の他力か、星霜を送り、多歳これを推(すい)するに、福力(ふくりき)の人もしこの中に一人もあらば、この他力によつて身命を資(たす)くべし。
そのゆゑは、観音品2)に、「悪風に漂(ただよ)はされ、羅刹国(らせつこく)にいたるに、その中に一人観音の名(みな)を称(しよう)し、船中の諸人、ことごとく鬼難(きなん)を免る」と。
しかれば、身を資(たす)くること、福徳の人力による。偏(ひとへ)に自所変を恃(たの)むべからず。もつとも芳恩を知るべきか。
これをもつて推知するに、極めて貧賤の人、一人これあり。彼の他力によつて、ことごとく飢饉を憂ふべき者なり。もしかくのごとき者、彼の貧人(びんにん)を追却すべし。しかれども、涅槃経の説により、功徳・黒闇、時としてあひ難れざること天然(てんねん)の道理なり。楞厳3)の説により、「知見に知を立つ即(すなは)ち無明、本より知見は無見、これ即ち涅槃(取意)」。浄名(じやうみやう)4)云はく、「住無住本、立一切法、霊知の一法、一切の法を成す。一切の法自然」と。得失あひ並ぶべし。
しかれば、福徳の他力に利養これあれば、その下に信施(しんせ)の失これあるべし。
述懐
信施物(しんせもつ)は後(のち)には牛に成ると云へば今日は甘葛(あまづら)明日は鼻づら
信施ゆゑに馬になるべきしるしかとおもづらひげぞあやしかりける
さればあながちに福徳の他力をも憂愁(うれ)ふべからず。釈迦5)の代には、貧にして道を得、弥勒6)の代には富(とん)で道を悟る(取意)。
しかれば、貧僧のゆゑに飢饉のことあるとも、あながちに憂ふべからず。
述懐
何事もよろこびずまた憂へじよ功徳黒闇つれて歩けば
古人の云はく、「道を学ばんと欲せば、貧を学ぶべし云々」。この詞(ことば)誠なるかな。行基菩薩の御遺誡(ごゆいかい)に云はく、「一世の栄華・利養は、多生輪廻の基(もとひ)なり」。もつとも信ずべきことなり。
光明皇后の御筆に云はく、「清貧は常に楽しみ、濁富(だくふ)は常に憂ふ」と云へる。この意を、
述懐
あながちに目にせん人をへつらはじ目にせぬ人をもまた否(いな)と思はで
わがため善き人にも失あり。わが身よりも重く覚へ、また同じほどにも覚ゆれば、憂ひもあれば、わが身の愁ひの上にうち重ねて、いたはしく心苦し。悪しき人は愁へもよそに覚えて心やすし。この心を、
わがために悪(わろ)き人こそ善(よ)かりける善きはなかなかむつかしきかな
他力のことも一向(いつかう)因縁なきにあらず。一樹一河(いちじゆいちが)の理(ことはり)ありて、一室(いつしつ)の同朋ともなり、一船の伴侶ともなる。されば、他力も小因縁なり。もし、一向横(わう・よこさま)の他力によりて、縛脱(ばくだつ)あるべくは、天魔は常に人を侵し悩ますべし。仏神(ぶつじん)は常に人を救ひ資(たす)け給ふべし。みな内に因ありて、外に果顕(あらは)るべし。
古人の云はく、「内に悪念有れば、外に鬼を見る。内に善心有れば、外に仏を見る(取意)」。されば、内は因、形(きやう)のごとし。外は果、影の如し。西施(せいし)は江を愛し、嫫母(ぼも)は鏡を嫌ふ云々。このことなり。ただし、縁に強弱(かうにやく)あり。因に厚薄(こうはく)あり。これによりて、苦楽の事、種種差別(しやべつ)せり。
目連(もくれん)一人の他縁弱く、青提(しやうだい)が因業厚くして、脱(だつする・まぬかる)ことあたはず。青提の業因よりも、三最の縁強くして、餓鬼の苦を脱(まぬか)る。
この差別、仏智(ぶつち)明らかに照らす。凡愚(ぼんぐ)知るべからず。密家の三力、殊勝の法門なり。
一切の法に必ず体用(たいゆう)あり。体は自力なり。用は他力なり。親(しん・したしき)は因なり。踈(そ・うとき)は縁なり。体は実(じつ)、用は権(ごん)なり。一乗は体、諸法の自性(じしやう)、心地(しんぢ)の本源なり。三乗は用、万法の事相、森羅の差別なり。一乗は水のごとく、三乗は波のごときなり。互に隔(へだ)つべからざるなり。体は種子のごとく、用は根茎華葉等のごとし。あひ離るべからず。性相体用、同じく通達する、これすなはち諸法の体用、真俗権実を知る人なり。
浄名7)云はく、「よく諸の法相を分別するに、第一義に於て動ぜずと云々」。世間の学人(がくにん)、性相を学ぶ人は、体の無相に闇(くら)く、心地を学ぶ人は相の差別を軽んず。これすなはち双べる学無き故か。
功徳黒闇の法門、年久しく心肝に染み、深くこれを信ず。貧道武家に生まれてその跡を継ぐべきに、しかるに先祖夭亡(ようばう)の事これあり。よつて孤露(ころ)の身となして、自然に遁世の門に入る。近来(このころ)の明匠(めいしやう)、禅教(ぜんけう)の祖師に値遇(ちぐ)結縁(けちえん)のこと、しかしながら貧家のことによる。
つらつらこの事を思ふに、武家の業(げう・わざ)を継がず、自(みづか)ら貧賤の身と成ること、多生の宿善に酬ふ。これすなはち、老子の云へる「禍(わざはひ)はこれ福(さいはひ)の依る所、夭亡(ようばう)はすなはち道行の因縁なり。かかる迷物の末葉(ばつえう)となれる、悟るべき因縁なるべし。されば迷物となれる、これ悟すべき端(はし)なり。
迷ひこそ悟りなりけれ迷はずは何によりてか悟り開かん
地によりて倒るる物は、地によりて起くるなり。知見によりて迷ふ者、知見悟れば仏なり。
翻刻
雑談集巻之第一 於尾州山田庄長母寺草了 自力他力の事 沙門無住七十九歳 南都の或僧房の房主同宿を呵責して時非時食しなから房主の 要事に不立と云同宿答て云く第八識の所変の食也我果報 なるにあながちに恩がましく被仰と云ふ時さらは御房の所変の食を 食せよとて追却畢ぬ 此れ只自力自所変の法門を知て他力 無尽の法門を不知也古人の云唯知て針の円なるを不知鑺方なるを 取意自業自得果は定れる事也又他力の因縁有之輪王の御 幸に劣夫一日一夜に四天下を廻る是王の力也又葛藤の高に 懸て千尋の天に登り蚊虻の付て騏の尾万里の雲をわくるこれ他 力也梵網の説に千葉の釈迦凡夫を将ゐて臺上の報土へ引導し 給し是れ他力の断無明の菩薩の可見之実報土を凡夫暫く見/1-5l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/5
之須達祇園精舎を造し時果報天に現ぜし舎利弗天眼を 須達に借して令見之如此事を以て他力の不思議を信ぜば弥 陀の本願をも信じて往生の素懐をも可遂事也無縁の寺常に 絶烟を然とも生得の自力歟小縁の他力歟送星霜を多歳 推するに之を福力の人若し此の中に一人も有らは依て此の他力に可資身 命其の故は観音品に悪風に所漂羅刹国にいたるに其の中に一人 称観音名船中の諸人悉く免ると鬼難を然は者資身を事依る福徳の 人力に偏に不可恃自所変尤可知芳恩歟以之推知するに極 貧賤の人一人有之依彼他力悉く可憂飢饉者也若如此 者彼の貧人を可追却す然とも依涅槃経の説に功徳黒闇時として 不相難事天然の道理也依楞厳の説知見に立知即無明 本知見無見此即涅槃取意浄名云住無住本立一切/1-6r
法霊知の一法成す一切の法を一切の法自然と得失相並ふべし然れは 福徳の他力に利養有れは之其の下に信施の失可有之 述懐 信施物は後には牛に成ると云へは 今日は甘葛明日は鼻づら
信施故に馬になるべきしるしかと
をもづらひけそあやしかりける されはあなかちに福徳の他力をも不可憂愁釈迦の代には貧にして 得道弥勒の代には冨で悟道を取意 然れは貧僧の故に飢饉の事あるともあながちに不可憂ふ 述懐 何事もよろこひす又憂へしよ 功徳黒闇つれてあるけは/1-6l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/6
古人の云く欲学道可学貧云々此の詞誠哉行基菩薩御遺 誡に云一世の栄華利養は多生輪廻の基也尤も可き信す事也 光明皇后の御筆に云清貧は常に楽み濁冨は常に憂ふと云へる此の意を 述懐 あなかちに目にせん人をへつらはし 目にせぬ人をも又いなとをもはて 我かため善き人にも失有り我身よりも重く覚へ又同し程にも 覚れは憂も有れは我身の愁の上にうち重ていたはしく心苦し 悪き人は愁へもよそに覚て心やすし此心を 我ためにわろき人こそ善かりける よきは中々むつかしきかな 他力の事も一向因縁なきにあらず一樹一河の理有て一室の/1-7r
同朋ともなり一船の伴侶ともなるされば他力も小因縁なり若 一向横他力によりて縛脱あるべくは天魔は常に人を侵悩すべし 仏神は常に人を救ひ資け給へし皆な内に因有て外に果顕るべし 古人の云内有れは悪念外に見鬼内ちに有れは善心外に見る仏を取意されは 内は因形の如し外は果影の如し西施は愛江嫫母は嫌鏡云々 此事也但し縁に有強弱因に有厚薄依之苦楽事種種差 別せり目連一人の他縁弱く青提が因業厚くして不能脱青 提の業因よりも三最の縁強くして餓鬼の苦を脱る此の差別仏 智明に照す凡愚不可知密家の三力殊勝の法門也一切の法に 必す有体用体は自力也用は他力也親は因也踈は縁也体は実 用は権也一乗は体諸法の自性心地の本源也三乗は用万法の 事相森羅の差別也一乗は如水三乗は如波也互に不可隔也/1-7l
https://dl.ndl.go.jp/pid/13384726/1/7
体は如種子用は如根茎華葉等不可相離性相体用同く 通達する是則諸法の体用真俗権実を知る人也浄名云 善能分別諸法相於第一義而不動云々世間の学人学 性相人は闇く体の無相に学ふ心地を人は軽相の差別を此れ則ち無双へる 学故歟功徳黒闇の法門年久く染心肝深く信す之を貧道 生て武家に可に継其跡を而るに先祖夭亡の事有之仍て為て孤露の身と 自然に入遁世の門に近来の明匠禅教の祖師に値遇結縁之事 併依貧家の事倩ら思此事を不継武家之業を自成貧賤の身と 事酬ふ多生の宿善に是則老子の云へる禍は之福之所依る夭亡は則ち 道行の因縁也かかる迷物の末葉となれる悟るへき因縁なるへし されは迷物となれるこれ悟へき端なり 迷こそ悟りなりけれ迷はすは/1-8r
何によりてか悟開らかん 地によりて倒るる物は地によりて起るなり知見によりて迷ふ者知 見悟れは仏也/1-8l
