text:tosanikki:se_tosa27
1月18日 室津
校訂本文
十八日、なほ同じ所にあり。海荒ければ、船出ださず。この泊(とまり)、遠く見れども近く見れども、いとおもしろし。かかれども、苦しければ何事も思ほえず。
男どちは、心やりにやあらむ、漢詩(からうた)などいふべし。船も出ださで、いたづらなれば、ある人の詠める、
磯ふりの寄する磯には年月もいつともわかぬ雪のみぞ降る
この歌は、つねにせぬ人のことなり。
また人の詠める、
風よる波の磯には鶯(うぐひす)も春もえしらぬ花のみぞ咲く
この歌どもを、「少しよろし」と聞きて、船長(ふなをさ)しける翁1)、月日ごろの苦しき心やりに詠める、
立つ波を雪か花かと吹く風ぞ寄せつつ人をはかるべらなる
この歌どもを、人のなにかと言ふを、ある人、聞きふけりて詠めり。その歌、詠める文字、三十文字(みそもじ)余り七文字(ななもじ)。人、みなえあらで笑ふやうなり。歌主(うたぬし)、いと気色(けしき)悪(あ)しくて、怨(ゑ)ず。真似(まね)べどもえ真似ばず。書けりともえ詠みすゑがたかるべし。今日だに言ひがたし。ましてのちにはいかならむ。
翻刻
十八日なほおなしところにありうみあら けれはふねいたさすこのとまりとほく みれともちかくみれともいとおもしろし かかれともくるしけれはなにことも/kd-25l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/25?ln=ja
おもほへすをとことちはこころやり にやあらむからうたなといふへしふねも いたさていたつらなれはあるひとのよめる いそふりのよするいそにはとしつきも いつともわかぬゆきのみそふるこのうた はつねにせぬひとのことなりまたひとの よめる かせによるなみのいそには うくひすもはるもえしらぬはなの みそさくこのうたともをすこしよろ/kd-26r
しとききてふねをさしけるおきな つきひころのくるしきこころやりに よめる たつなみをゆきかはなかと ふくかせそよせつつひとをはかる へらなるこのうたともをひとのなに かといふをあるひとききふけりて よめりそのうたよめるもしみそもし あまりななもしひとみなえあらて わらふやうなりうたぬしいとけしき/kd-26l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100421552/26?ln=ja
あしくてゑすまねへともえまねは すかけりともえよみすゑかたかるへ しけふたにいひかたしましてのち にはいかならむ/kd-27r
1)
紀貫之
text/tosanikki/se_tosa27.txt · 最終更新: 2023/09/16 12:32 by Satoshi Nakagawa