text:takamura:s_takamura1-05
1-5 この兄大学に出でにけり・・・
校訂本文
この兄(せうと)大学に出でにけり。樋洗童(ひすましわらは)取り入れて奉る。「文をも取り、大学のぬしもぞ見付くる。近からん人の家にすゑよ」とて、「昨日も見しかど、いさや。
玉桙(たまぼこ)の道かひなりし君なればあとはかもなくなると知らずや」
見て、「ざれたるべき人かな。うたて、まがまがしうも言ひたるかな。いかにいはまし」と思ふ。時の大納言の子なりけり。「あとはかもなしと、誰も道にこそ入り給へりしか。
しばしばに1)あとは悲しといふことも同じ道にはまたも会ひなん」
また、これを例の童は持て来たり。兄(せうと)、道にさし合ひて、「今これより」と言ひて破(や)りてけり。「かく」なんど言へば、「例の心肝(こころきも)もなき童かな。さきに気色悪しう言ひけん人にや取らすべき。この稲荷にて、まなこゐものしげに思へりしものぞや」。
「男よりの物ぞや。そもそも御返りとりて破りつ。御返り、憎しと思ふもののやに」。兄(せうと)出で合ひて、「御文奉り給ふ人は、夜べ男に盗まれ給ひにしかば、求めに行くぞ。もしこの御文給へる人とも知らず。うち率てゆけ2)」と言ひければ、しりへ答へに答へて走りにけり。「さもあらむ」と言ひて、文もやらずなりにけり。
翻刻
このせうとたいかくにいてにけり
ひすましわらはとり入てたてま つるふみをもとりたいかくのぬし もそ見つくるちかからん人の家に すへよとて昨日もみしかといさや/s11l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/11
玉桙のみちかひなりし君なれは あとはかもなくなるとしらすや みてされたるへき人かなうたて まかまかしうもいひたるかないかに いはましとおもふ時の大納言の子 なりけりあとはかもなしとたれも みちにこそいりたまへりしか しはすこにあとはかなしといふ事も おなし道には又もあひなん またこれをれいのわらはもてきたり/s12r
せうとみちにさしあひていまこれ よりといひてやりてけりかくなん といへはれいの心きももなきわらは かなさきにけしきあしういひけん 人にやとらすへきこのいなりにて まなこひものしけに思へりし 物そやおとこよりの物そやそもそも 御返とりてやりつ御返にくしと おもふ物のやにせうといてあひて 御ふみたてまつり給人は夜へ/s12l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/12
おとこにぬすまれたまひにしかは もとめにゆくそもしこの御ふみたま へる人ともしらすそ□ちいてゆけ といひけれはしりへこたへにこた へてはしりにけりさもあらむ といひてふみもやらすなりに けり女せうとのはかりたるとは/s13r
text/takamura/s_takamura1-05.txt · 最終更新: 2022/08/29 01:25 by Satoshi Nakagawa