text:takamura:s_takamura1-01
1-1 親のいとよくかしづきける人の女ありけり・・・
校訂本文
親のいとよくかしづきける人の女(むすめ)ありけり。女のする才(さい)の限りし尽して、「今は書(ふみ)読ません」とて、「博士(はかせ)には、むつまじからむ1)人をせん」とて、異腹(ことはら)の子の2)大学の衆(しう)にてありけり。異腹なればうとくて、「あひ見ず」などありけれど、「知らぬ人よりは」とて、簾(すだれ)ごしに几帳立ててぞ読ませける。
この男、いとをかしきさまを見て、少し馴れゆくままに、顔を見え、物語などもして、書(ふみ)のちり3)いふ物を取らせたりけるを、見れば、角筆(かうひち)して歌をなん書きたりける。
中にゆく吉野の川はあせななん妹背の山を越えて見るべく
とありければ、「かかりける」と心づかひしけれど、「情けなくやは」とて、
妹背山影だに見えでやみぬへし吉野の川は濁れとぞ思ふ
また男、
濁る瀬はしばしばかりぞ水しあらば澄みなむとこそ頼み渡らめ
女、
淵瀬(ふちせ)をばいかに知りてか渡らむと心をさきに人の言ふらん
男、
身のならむ淵瀬も知らず妹背川おり立ちぬべき心地のみして
かく言ふほどに、人憎からぬ世なれば、いとけうとくなかりけり。
翻刻
おやのいとよくかしつきける人の むすめありけり女のするさいのかきり しつくしていまはふみよませんとて はかせにはむつかしからむ人をせんと てことはらの子(こ)のかみたいかくのしう(ふ) にてありけりことはらなれはうとく てあひみすなとありけれとしら ぬ人よりはとてすたれこしに 木丁たててそよませけるこの おとこいとおかしきさまをみて/s5l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/5
すこしなれゆくままにかほをみえ ものかたりなともしてふみのちり (本ニカク)いふ物をとらせたりけるを みれはかうひちして哥をなん かきたりける 中にゆくよしのの河はあせななん いもせの山をこえてみるへく とありけれはかかりけると心つかひ しけれとなさけなくやはとて いもせ山かけたにみえてやみぬへし/s6r
よしののかははにこれとそおもふ 又おとこ にこるせはしはしはかりそみつしあらは すみなむとこそたのみわたらめ 女 ふちせをはいかにしりてかわたらむと こころをさきに人のいふらん おとこ 身のならむふち瀬もしらすいもせ河 おりたちぬへきここちのみして/s6l
https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100002868/viewer/6
かくいふ程に人にくからぬよなれは いとけふとくなかりけりしはすの/s7r
text/takamura/s_takamura1-01.txt · 最終更新: 2022/08/28 18:44 by Satoshi Nakagawa