text:takafusa:s_takafusa001
1 人知れぬうき身にしげき思ひぐさ思へば君ぞ種はまきける
校訂本文
あらたまの年月を送り迎ふるにつけて、思ふことなきにしもあらぬ身の、人知れぬ恋路にさへ迷ひ入りぬるよしなさを、「こは何事のありさまぞ」と思ふあまりのなぐさめに、昔のあとを尋ぬれば、ちはやぶる神の御代より、みとのまぐはひして、妹背をしのぶこと、絶えずぞなりにけらし。
それよりこのかた、百夜(ももよ)を経て、鴫(しぎ)の羽根掻(はねがき)を数へ、千束(ちつか)まで錦木(にしきぎ)を立て、富士の高嶺の煙(けぶり)をば、わが思ひより立つかと驚き、清見が関の白波は、袖師(そでし)の浦よりもりにけるかとぞ騒ぎける。芹(せり)つむ人も、鯛釣る海人(あま)も、わぎもこがために心を尽すと言へり。
業平(なりひら)の中将1)は、「わが身ひとつはもとの身にして2)」と悲しびき。敏行(としゆき)の兵衛督(ひやうゑのかみ)3)は、「夢の通路人目よくらむ」と恨みたり。「三輪の山いかにまち見ん」は伊勢が言葉なり。「色見えでうつろふもの」は小町4)が思ひなるべし。
さぞな昔の人だにも、かかる歎きはありけりと、思ひとれどもとられねば、過ぎにしかたより今日までに、尽きぬ思ひの数々を、藻塩草(もしほぐさ)かき集めても見せたらば、ささがにのいとほしともや、言ふとてなるべし。
勅5)
人知れぬうき身にしげき思ひぐさ思へば君ぞ種はまきける
翻刻
あらたまのとしつきををく りむかふるにつけておもふことなき にしもあらぬ身のひとしれぬ こひちにさへまよひいりぬるよ しなさをこはなに事のあ りさまそとおもふあまりのなく さめにむかしのあとをたつぬ れはちはやふるかみのみよより みとのまくはひしていもせを/s5l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100002834/5?ln=ja
しのふことたえすそなりに けらしそれよりこのかたもも よ(夜)をへてしきのはねかきを かそへちつかまてにしききをたて ふしのたかねのけふりをはわか おもひよりたつかとおとろき きよみかせきのしらなみは そてしのうらよりもりにけるかと そさはきけるせりつむ人もた/s6r
いつるあまもわきもこかた めに心をつくすといへりなりひら の中将はわか身ひとつはもとの みにしてとかなしひきとし ゆきのひやうゑのかみはゆめの かよひち人めよくらむとうらみ たりみはの山いかにまちみん はいせかことはなりいろみえて うつろふものはこまちかおもひ/s6l
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100002834/6?ln=ja
なるへしさそなむかしの人 たにもかかるなけきはありけ りとおもひとれともとられね はすきにしかたよりけふまて につきぬおもひのかすかすをも しほくさかきあつめてもみせ たらはささかにのいとおしともや いふとてなるへし 勅 ひとしれぬうき身にしけきおもひくさ/s7r
おもへはきみそたねはまきける/s7l
text/takafusa/s_takafusa001.txt · 最終更新: 2024/03/19 18:04 by Satoshi Nakagawa