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text:sesuisho:n_sesuisho6-117

醒睡笑 巻6 推はちがうた

34 慈照院殿に召し使はるる明陶子淵用白干陽朱といふ三人あり・・・

校訂本文

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慈照院殿1)に召し使はるる、明陶子(めいたうし)・淵用白(ゑんようはく)・干陽朱(かんやうしゆ)といふ三人あり。聞く人不審し、「さのみ芸能のあるとも知れず、そのかたちも一廉(ひとかど)すぐれたる体なし。いかさま義政将軍の御意に入りたることのあるにや。聞きのこびたる名や」とささやき噂しけり。

ある時、万阿弥、御前にひざまづきてさぶらひしが、いつより御気色快げなるを見奉り、右三人の名の様子を伺ひ申したれば、うち笑ませ給ひ、「別の趣なし。明陶子は万事才覚比類無き者なり。されども、妻に恐れ逃げ回ると聞く。さてぞ『めいとうし2)』と付けぬ。淵用白は、取る手方角もなき者なれども、縁のすみずみ、敷居のあたり、微塵(みぢん)もなきやうに掃除をよくするゆゑに、『ゑんようはく3)』と付くる。干陽朱、これも十方手のあきたる無芸の者なり。されど酒の燗(かん)をすることを得たり。右曲・左曲・虎の尾4)などと、湯気(いげ)の立つやうを見て出だすに、少しもしそこなはねば、『酒の燗をようする』と付けたは」と仰せられし。

「世の常、故事のあるべきやうに推したりしは違うたり」とて、人みな笑ひけり。

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一 慈照院殿にめしつかはるる明陶子渕用白干陽
  朱といふ三人あり聞人不審しさのみ藝能の
  あるともしれす其かたちも一廉すくれたる体
  なしいかさま義政将軍の御意に入たる事のある
  にやききのこびたる名やとささやきうはさしけり
  ある時万阿弥御前に跪てさふらひしかいつ
  より御気色快けなるを見奉り右三人の名の様
  子を伺申たれは打ゑませ給ひ別の趣なし明陶/n6-57l
  子は万事才覚無比類者也されとも妻に恐れ
  にげまはるときくさてぞめいたうしとつけぬ渕
  用白はとるてはうがくもなき者なれとも縁のすみ
  すみ敷居のあたり微塵もなきやうに掃除(さうぢ)をよ
  くする故にゑんようはくとつくるかんようしゆ
  これも十方手のあきたる無藝の者なり
  されど酒の間(かん)をする事を得たり右曲左曲〓
  の尾などといげのたつやうを見て出すに少も仕
  そこなはねば酒のかんをようするとつけたは/n6-58r
  とおほせられしよのつね古事のあるへきやう
  にすいしたりしはちかふたりとて人みなわ
  らひけり/n6-58l
1)
足利義政
2)
妻いと憂し
3)
縁よう掃く
4)
「虎」は底本、まだれに光。諸本により「虎」とする。
text/sesuisho/n_sesuisho6-117.txt · 最終更新: 2022/06/02 18:57 by Satoshi Nakagawa