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醒睡笑 巻6 推はちがうた
9 情深き児のもとへ折々通ふ僧ありし・・・
校訂本文
情深き児のもとへ、折々通ふ僧ありし。暮れに及び、そと来たれり。児、にこやか1)に、「夏衣(なつごろも)よくこそ」とあれば、その言葉を聞くと等しく、ふいと立ちて行く。
児の方より人をつかはし、「まづ帰られよ」と呼び戻すに、僧、立ち帰りぬ。「何とて物も言はず去(い)なれしや」。「『夏衣』と始めて仰せられしまま、まかり出で候ひき」。「いかなれば」と問はる2)。「されば、新古今3)に、
素性法師
惜めどもとまらぬ春もあるものを言はぬに来たる夏衣もかな
とも候ふ。この趣、存じあはせてなり」と、泣く泣く申されければ、児、聞きて、「なかなかのことなり。
夏衣ひとへにわれは思へども人の心に裏やあるらん
といふ本歌にて言ひつるものを」とあるにぞ、僧かたじけなしと。
翻刻
一 情ふかき児のもとへ折々かよふ僧ありし暮 にをよびそと来れり児にこやに夏衣よ くこそとあれはその言葉をきくとひとしく ふいとたちてゆく児のかたより人をつかはし まつかへられよとよひもとすに僧立かへりぬ何 とて物もいはすいなれしや夏衣と始ておほせ られしまま罷出候きいかなれはととはにされは 新古今に 素性法師 惜めともとまらぬ春もある物を/n6-45r
いはぬに来たる夏ころもかな とも候此趣存知あはせてなりとなくなく 申されけれは児聞て中々の事也 夏衣ひとへにわれはおもへとも 人のこころにうらやあるらん といふ本歌にていひつる物をとあるにそ 僧忝なしと/n6-45l
text/sesuisho/n_sesuisho6-092.txt · 最終更新: 2022/05/22 11:15 by Satoshi Nakagawa