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text:sesuisho:n_sesuisho6-038

醒睡笑 巻6 児の噂

38 三井の寺にて鶴千代といふ児三位に向き・・・

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三井の寺1)にて、鶴千代といふ児(ちご)、三位(僧の名)に向き、「隣の松若殿は、あのやうにそこそこにて歌を詠まると。けなりや。いかやうにも指南を受けて、そとはこの道を心得たきことや」など語れるを、深切(しんせつ)に思ひ、「さらば、その時の縁により、言うてしをらしき句を教へ申さん。

まづ、『会ひたや、恋しや』と思ひ給ふ人に会うた折には、

  待ちかねぬるに今ぞ嬉しき

また、花など見て帰り給はん時は、

  命にかへて惜しき別れ路

また、『語りたや』と思ふ人に別るる時は、

  ただいつまでも飽かぬものかな」。

鶴千代、これを習ひすまして覚えゐたるが、正月の祝ひに、はれなる座敷へ羹(かん)をすゆ るに、人より早く箸を取り上げける。三位にらめば、

  待ちかねぬるに今ぞ嬉しき

と言へり。

また、芋を脚付(あしつけ)の上へ落し、はさみかぬるを見、三位にらめば、

  命にかへて惜しきものかな

また、膳にみなみな箸を置きたるに、鶴千代ばかり遅く置かるるを、三位にらめば、

  ただいつまでも飽かぬものかな

と。

さても、色をかへて、「その折その時に合ふやうに」とこそ指南したりしを、かりそめ座りたる一膳の始中終(しちうしゆう)につくされし。無興(ぶきよう)無興。

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一 三井の寺にて靏千代といふ児三位にむき
  となりの松若殿はあのやうにそこそこにて
  歌をよまるとけなりや如何様にもしなむ
  をうけてそとは此道をこころえたき事やなど/n6-18l
  かたれるをしんせつにおもひさらは其時のゑん
  によりいふてしほらしき句ををしへ申さん
  まづあひたや恋しやと思ひ給ふ人にあふた折には
   まちかねぬるに今そ嬉しき
  又花なと見て帰り給はんときは
   いのちにかへておしきわかれち
  又かたりたやとおもふ人にわかるる時は
   たたいつまてもあかぬものかな
  靏千代これをならひすましておほえゐたるが/n6-19r
  正月の祝ひにはれなる座敷へかんをすゆ
  るに人よりはやく箸を取あけける三位にらめは
   まちかねぬるに今そ嬉しき
  といへり又芋をあしつけの上へおとしはさ
  みかぬるを見三位にらめは
   いのちにかへておしき物かな
  又膳にみなみな箸ををきたるに靏千代斗
  遅くをかるるを三位にらめは
   たたいつまてもあかぬ物かな/n6-19l
  とさても色をかへて其折其時にあふやう
  にとこそ指南したりしをかりそめすはり
  たる一膳の始中終につくされし無興無興/n6-20r
1)
三井寺・園城寺
text/sesuisho/n_sesuisho6-038.txt · 最終更新: 2022/04/26 22:56 by Satoshi Nakagawa