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text:sesuisho:n_sesuisho5-061

醒睡笑 巻5 上戸

19 神無月の半ば木の葉の散るも時雨めきて空寒げなる時しも・・・

校訂本文

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神無月の半ば、木の葉の散るも時雨めきて、空寒げなる時しも、酒屋の亭主立ち休らひ、門(かど)のほとりを見ゐたれば、二十(はたち)ばかりなる下臈一人走り来り、酒林(さかばやし)のもとに寄り、ただ一重きたる木綿帯をとき手に持ち、「上(うへ)に着(け)うか、下に着うか、下に着うか、上に着うか1)」と独り言を言ひしが、「わざくれ、下に着よや」と言ふまま内へ入り、酒に替へ、よき燗にあつらへ、腹一ぱい飲み、裸(はだか)にて出で行きし。

酔(ゑ)ひさめては、何とあらう2)

裸の次ついでに、雄長老の裸でおはせしところへ客来たりければ、「私は母者(ははぢや)もの手織のまま、まかりをり候ふ」とありし。この手織のたけ幅こそ、大きなる苦労にて出来候へ。されば忉利天(たうりてん)にのぼり、安居(あんご)の法とて、父母恩重経(ぶもおんぢゆうきやう)を説き給ふ。母に十恩ある中に、回乾就湿(くわいかんじゆしつ)の恩といふあり。

  子をはごくむは親の憐み

とある前句に

  狭筵(さむしろ)の濡れたる方に身を寄せて

物の理知らずんばあるべからず。

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翻刻

一 神無月の半(なかば)木の葉のちるも時雨めきて空
  さむげなる時しもさかやの亭主立休(やす)ら
  ひ門(かと)のほとりを見ゐたれは廿(はたち)ばかりなる下(け)
  臈一人走(はしり)来りさかはやしのもとによりたた
  一重きたるもめん帯をとき手に持うへにけうか
  したにけうが下にけうか上にけうかとひとりことを/n5-46l
  いひしがわざくれしたにきよやといふまま内へ
  いり酒にかへよきかんにあつらへ腹(はら)一はいのみ
  はだかにて出ゆきし
     ゑひさめてはなにとあらふ
  裸(はだか)の次(つゐて)に雄(ゆう)長老の裸でおはせし処へ客来り
  けれは私は母者(ぢや)もの手織(てをり)のまま罷居候と
  ありし此手織のたけはばこそ大なる苦労(らう)
  にて出来候へされは忉利天にのほり安居(あんご)
  の法とて父母恩重経(ふもおんちうきやう)を説(とき)給ふ母に/n5-47r
  十恩ある中に回乾就湿(くわいかんぢんしつ)の恩といふあり
    子をはごくむは親の憐(あはれみ)
  とある前句に
   狭筵(さむしろ)のぬれたる方(かた)に身をよせて
  物の理しらずんばあるべからず/n5-47l
1)
「上に着る」は服を着て体を上から温めること。対して「下に着る」は酒を飲んで中から温めること。
2)
底本、この文数文字下げ。
text/sesuisho/n_sesuisho5-061.txt · 最終更新: 2022/03/11 22:34 by Satoshi Nakagawa