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醒睡笑 巻5 上戸

1-n

校訂本文

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俗云はく、「一篇を学びて二道を兼ねざるは、片闇に同じ。如来蔵中に酒の徳極めて1)夥(おびたた)しくして勝(あ)げて計(かぞ)ふべからず。上は四王天に天漿有り。名づけて花酒と曰ふ。下には須弥山の北、巨海の底に阿修羅界有り。彼の阿修羅、四の天下の菓を採りて、四大海に醖(かも)しこれを飲みて猶ほ足らず。故に阿修羅を飜して無酒と曰ふ。去れば、尽くの乾坤一時に変じて、酔乾坤と作(な)る。すなはち沙門は手足を2)措(お)く処無し。李白の意は酒に在り。すなはち所見として酒にあらざるはなし。漢水は皆蒲萄の塁、麹糵(きくげつ)の高台は皆糟丘。白3)の胸襟もまた大なるかな。また題邀月亭(月を邀(むか)ふる亭を題す)に曰く、『挙酒勧明月。聴我歌声発。(酒を挙て明月に勧む。我が歌声の発するを聴け)』と、馬子才も興じたれば、酒に一曲は対の物か。口に叫び肩に荷(にな)ひ、暁夜舟に棹さす。道路別なりといへども、酒を好むは一般なり」。

僧、莞爾として云はく、「金言耳に逆ふも、行に理有り。仏子は勝鬘4)も末法の中に持戒有らんに、市中の虎の如しと云々。梵網経に、若し自身手づから酒器を過(わた)して酒を飲ましむる者は、五百世手無しと。何ぞいはんや自ら飲まんはや。麁茶淡飯(そちやたんぱん)も飽けばすなはち休す。如何ぞ一旦の味に迷ひて舌根罪を作(な)さんや。樽前に酔を勧められて、闇に迷ふこと必せり」。

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翻刻

若懐テ石入ルニ渕ニ俗云学一篇不兼二道同片闇如来蔵
中酒之徳〓夥而不可勝計ス上ハ四王天有天漿名ヲ曰花
酒下ニハ須弥山ノ北巨海底ニ有阿修羅界彼阿修羅採四ノ
天下ノ菓ヲ醖リ四大海ニ飲之猶不足故飜テ阿修羅ヲ曰無酒ト去レハ
尽ク乾坤一時変テ作酔乾坤則沙門無シ処措午足ヲ
李白意在酒ニ則所見無非酒ニ漢水皆蒲萄塁(リユハ)麹蘖(ケツ)
高臺皆糟丘白カ之胸襟亦大ルカナ矣又題シテ邀フル月ヲ亭ヲ曰挙テ/n5-34r
酒ヲ勧ム明月ニ聴ケト我歌声ノ発ルヲ馬子才モ興シタレハ酒ニ一曲ハ対ノ物
乎叫口荷肩暁夜棹舟道路雖別リト好酒一般也
僧莞爾シテ云金言逆耳行ニ有理仏子勝鬘モ末法ノ中ニ
有ランニ持戒如シト市中虎云々梵網経ニ若自身手カラ過(ワタシテ)酒器ヲ
飲シムル酒ヲ者五百世無手(テ)何況自飲ンハヤ麁茶淡飯飽即
休ス如何迷テ一旦ノ味作舌根罪ヲ樽前被レテ勧酔ヲ迷フ闇ニ
必矣俗云諸悪莫作衆善奉行ト七仏ノ通戒也其禁メニ可有/n5-34l
1)
「極」は底本、舟へんに主。諸本により訂正。
2)
「手足」は底本「午足」。諸本により訂正。
3)
白居易
4)
勝鬘経
text/sesuisho/n_sesuisho5-043n.txt · 最終更新: 2023/04/01 12:54 by Satoshi Nakagawa