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text:sesuisho:n_sesuisho5-043k

醒睡笑 巻5 上戸

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校訂本文

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俗云はく、「福は宿善の果と有るは、才不才に依るべからず。震旦に王愷(おうがい)とて富者あり。また、石季倫といふ福者、二人共に大酒なり。彼等は酒に長ずるの余り、春は百花有り、秋は月有り、夏は涼風有り、冬は雪有り、人間の好時節、風景の地を撰び、柱を立て戸帳を掛け、王愷は紫糸布の歩障を四十里に張り、季倫は錦の歩障を五十里に張り、その中にして酒宴興を尽せり。季倫が住宅には、椒蘭沈香の類を粉とし壁を塗りぬ。さるまま門に望めば薫じ渡れり。蝋を以て薪に代へ、朝夕火に焼く。かくのごときの奢、1)愷倫奢侈と云ふなれば、飲めば貪り飲まざれば豊かなるとも云ひ難し。『玉屑2)』には、『酌尽一杯酒、老父顔亦紅。(一杯の酒を酌み尽して、老父が顔もまた紅なり。)』と。青醒めたる様にては、人に逢ふも空恥かし。少と無く大と無く、酒を好ざる者は人にあらず。『衰老霜供白、愁顔酒借紅。(衰老すれば霜白を供し、愁顔に酒紅を借す。)』と坡翁3)も云へり。『非復三五少年日、把酒償春頬生紅。(また三五少年の日にあらずとも、酒を把り春を償(つぐの)つて頬紅を生ず)』と、山谷4)にも書きたり。

僧云はく、「『金を試むるには火を以つし、人を試むるには酒を以つてせよ5)と云ふ。古(いにしへ)云はく、『劉白堕6)は賊酒を飲みて擒(とりこ)にせられ、目して擒奸酒と名づく。故に悪の名万世に伝ふ。恥なるかな。『四分律』には飲酒に十の過失を挙ぐ7)中に、『身壊命終して三悪道に堕つ』と云々。愚人は夏の虫火に入り、智人は秋の鹿泣きて山に入ると。無作の空死は後に必ず悔有らん」。

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翻刻

人間行路難乎俗云福ハ宿善ノ果ト有ルハ不可依才不才ニ震
旦ニ王愷トテ冨者アリ又石季倫ト云福者二人共大酒彼等長酒
之餘春有百花秋有月夏有涼風冬有雪人間ノ好
時節撰風景之地立柱掛戸帳王愷ハ紫糸布歩/n5-31l
障ヲ四十里ニ張季倫錦歩障ヲ五十里ニ張ト其中ニシテ酒宴
興ヲ尽セリ季倫カ住宅ニハ椒蘭沈香ノ類ヲ粉トシ壁ヲ塗リヌサルママ
望メハ門薫シ渡レリ以蝋ヲ代ヘ薪ニ朝夕焼ハ火ニ如是ノ奢此七ヒヲ
愷倫奢侈(タエル/シヤシト)云ナレハ飲ハ貪リ不ニ飲豊ルトモ難シ云玉屑ニハ酌尽シテ一
杯酒老父カ顔亦紅ナリト青醒タル様(サマニテハ)逢モ人ニ空恥シ無ク少ト無大ト
不好酒者非人衰老霜供ニ白ヲ愁顔ニ酒借紅坡翁モ云ヘリ
非トモ復三五少年ノ日ニ把リ酒償(ツクノツテ)春ヲ頬生スト紅ヲ山谷ニモ書タリ
僧云誠金以火誠人以セヨト云フ酒ヲ古云列白堕飲テ賊酒被
擒ニセ目ヲ名擒奸酒ト故悪ノ名伝万世ニ恥ナル哉四分律ニハ飲酒挙タツ/n5-32r
十ノ過失ヲ中ニ身壊命終シテ堕ト三悪道ニ云々愚人夏虫入
火智人秋鹿泣入山無作空死ハ後必有悔俗云/n5-32l
1)
底本「奢」に続けて「此七ヒヲ」とある。「侈」の誤読による衍字とみて削除した。
2)
詩人玉屑
3)
蘇軾
4)
黄庭堅
5)
底本「試」はいずれも「誠」。諸本により訂正。
6)
「劉白堕」は底本「列白堕」。諸本により訂正。
7)
「挙ぐ」は底本「峯タツニ」。諸本により訂正。
text/sesuisho/n_sesuisho5-043k.txt · 最終更新: 2022/08/13 12:42 by Satoshi Nakagawa