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text:sesuisho:n_sesuisho4-090

醒睡笑 巻4 唯あり

1 伊勢の桑名に本願寺とてあり・・・

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伊勢の桑名に本願寺とてあり。一代の住持秀海(しうかい)長老は、七日以前より死期を弁じ、春の時正法説(じしやうほうせつ)の後、十念をさづけ、高座にありながら合掌して命終(みやうふう)す。

秀海、存日に、報恩寺とて名ある侍の屈請(くつしやう)せらるるその刻(きざみ)、弟子祐光(いうくわう)、師の長老に向かつて、「振舞ひとあれば、いづかたも崇敬(そうぎやう)のあまり賞味をもつぱらとす。しかはあれど、一言(いちごん)の褒美もなければ、亭主気を失なふ風情ままあり。明朝のもてなし超過ならん。あひかまへて、失念なく讃められ候へ」とあれば、異議なく合点(がつてん)し、すなはちかの殿(との)にのぞめり。

歴々と座列す。幕を開け、給仕、膳を持ちて出で、きつとつくばひたれば、長老、「報恩寺殿、報恩寺殿」と呼びかけ、汁も菜(さい)も見もせいで、「御奔走(ごほんそう)」と申されたり。弟子祐光にらみければ、うなづいて、「忘れぬ先に」と。

殊勝な1)

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    唯有
一 伊勢の桑名に本願寺とてあり一代の住(ちう)
  持(ぢ)秀海(しうかい)長老は七日以前より死期(しこ)を弁(べん)じ
  春の時正法説の後十念をさづけ高座に
  ありながら合掌(かつしやう)して命終(みやうしう)す秀海存日に報
  恩寺(をんじ)とて名ある侍の屈請(くつしやう)せらるる其刻(きさみ)弟
  子祐光(ゆうくわう)師の長老にむかつて振舞とあれは
  何方も崇敬(そうけう)のあまり賞(しやう)味を専とすしかは
  あれと一言の褒美(はうひ)もなけれは亭主気を/n4-54l
  うしなふ風情ままあり明朝のもてなし超(てう)
  過ならん相かまへて失念(しつねん)なくほめられ候へと
  あれは異義(いき)なくかつてんし即(すなはち)かの殿(との)に
  望(のそ)めり歴(れき)々と座列す幕(まく)をあけ給仕(きうじ)膳(ぜん)を
  持て出きつとつくはいたれは長老報恩
  寺殿報恩寺殿とよひかけ汁も菜も見もせい
  て御奔走(ほんそう)と申されたり弟子祐光(ゆうくはう)にらみ
  けれはうなついてわすれぬさきにと 殊勝な/n4-55r
1)
底本、この一文小書き。
text/sesuisho/n_sesuisho4-090.txt · 最終更新: 2022/01/23 23:36 by Satoshi Nakagawa