text:sesuisho:n_sesuisho3-105
醒睡笑 巻3 清僧
6 大和国に龍門の聖といふあり・・・
校訂本文
大和国に龍門の聖といふあり。聖と親しき男の明け暮れ鹿を殺すに、灯しといふことをしける。
暗き夜、狙ひ狩りに出でたり。目を合はせたれば、「鹿あり」とて、押し回し押し回しするに、たしかに目を合はせたり。火串(ほぐし)に引き懸け、矢をはげ、射んと振り立て見るに、この鹿の目の間、例の目の色に変りければ、「あやし」と思ひ、弓を引きさし、矢をはづして、火を取り見るに、鹿の目にはあらず。近く寄り見れば、身は一定(いちぢやう)の革なるが、静かに火を吹き見れば、この聖の目うちたたき、鹿の皮を引きかづき伏し給へり。
「こはいかに」と言へば、ほろほろと泣きて、「わぬしが制(せい)することを聞かず、いたく鹿を殺す。『われ鹿に代はりて殺されなば、さるとも少しはとどまりなん』と思へば、かくて射られんとしてゐるなり」。
男、ふしまろび泣き、すなはち胡籙(やなぐひ)みな打ち折り砕き、髻(もとどり)切りて、使はれてぞゐける。
翻刻
一 大和国に龍(りやう)門の聖(ひじり)といふあり聖としたし き男の明暮鹿(しか)をころすにともしと いふ事をしけるくらき夜ねらひかりに 出たり目をあはせたれば鹿ありとて/n3-50l
をしまはしをしまはしするに慥に目をあはせ たりほぐしに引かけ矢をはけいんとふり たて見るに此鹿の目の間例の目の色 に替りければあやしと思ひ弓を引 さし矢をはつして火をとり見るに鹿の 目にはあらずちかくより見れは身は一 定の革(かは)なるが静に火をふき見れは此聖の 目うちたたき鹿の皮を引かつきふし給 へりこはいかにといへばほろほろとなきてわ/n3-51r
ぬしが制(せい)する事をきかずいたくしかを ころす我鹿にかはりてころされなば さる共少は留りなんと思へはかくていられん としてゐる也男ふしまろびなき即 やなくひみなうちおりくだきもととり 切てつかはれてぞゐける/n3-51l
text/sesuisho/n_sesuisho3-105.txt · 最終更新: 2021/11/07 12:18 by Satoshi Nakagawa