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醒睡笑 巻1 ふはとのる
3 始めは鍛冶にてありつる者かたはらに鞠を好いて蹴たり・・・
校訂本文
始めは鍛冶にてありつる者、かたはらに鞠を好いて蹴たり。天然(てんねん)と器用ありければ、人みな讃めそやすにより、家職を捨てて飛鳥井殿に出入りし、葛袴(くずばかま)と沓を許され、田舎へ下らむともよほす時、知音(ちいん)の者異見し、「そちは生れつきいつくしく、自然と殿上人の形あり。とてものことに、その風を似せよ」と言ふに同心し、五体付けの組をひた物しけり。
「すでに位らしき様になりすましたる」と思ひ、ある所に行きたれば、人々かの頭(あたま)の逸興(いつきよう)を見付け、不審しあへり。
刀の中心(なかご)にて焼きたるゆゑに、「備前長舟祐定作」といふ跡あり。さすがにはかに直さむよしもなければ、またもとの鍛冶になりぬることよ。
翻刻
一 始は鍛冶(かち)にてありつる者侍(かたはら)に鞠(まり)をすい てけたりてんねんと器用(きよう)ありけれは人みな ほめそやすにより家職をすてて飛鳥井 殿に出入し葛袴(くつはかま)と沓をゆるされ田舎へ 下らむともよほす時知音の者異見し そちは生れつきいつくしく自然と殿 上人の形(かたち)ありとてもの事に其風を似せよ といふに同心し五体つけの組をひた物し/n1-40r
けりすてに位らしき様になりすまし たるとおもひあるところに行たれは人々か のあたまの逸興(いつけう)を見つけ不審しあへり 刀の中(なか)心にてやきたるゆへに備前長舟(おさふね) 祐定(すけさだ)作といふあとありさすが俄になをさ むよしもなけれは又もとの鍛冶になり ぬる事よ/n1-40l
text/sesuisho/n_sesuisho1-090.txt · 最終更新: 2021/05/06 18:31 by Satoshi Nakagawa