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醒睡笑 巻1 謂へば謂はるる物の由来
36 旦九郎といふ兄あり性鈍にして富めり・・・
校訂本文
旦九郎1)といふ兄あり。性(せい)鈍(どん)にして富めり。田九郎2)とて弟あり。性さかしくて貧し3)。
ある時、弟、釜をもとめ、庭にて湯を沸かす。たぎりゐけるところへ兄来るに、その釜を抜き、出居(でゐ)の火も置かぬ路4)にかけぬ。旦九郎見付け、「これは火もなうてたぎることいかに」とあれば、弟、「それこそこのごろ来たり候ふ、火もなくて湯の沸く宝なれ」と語るにぞ、兄、肝をつぶして金十枚に買ふ。金を渡して後、洗ひてかくるに沸かず。腹立(ふくりふ)し問へば、「そのまま水を入れ給はば沸き候はんもの、洗はせ給うたほどに、今からは湯沸くまじき」とて帰りぬ。
またある時、馬を一疋買うて繋ぐ。その馬屋に金を二枚入れて置きけり。旦九郎来たり。「馬はいづれより」と問ふ。弟、申しける、「これこそ世にためしなき名馬に候へ。三日に一度は必ず金を糞につかまつり候ふ」。「また嘘をつく」とて叱る。「馬のゐるあたりを御見せ候へ」と人をして見するに黄金あり。「今は疑ひなし。われにくれよ。その価(あたひ)金子(きんす)五十枚つかはさん」とてもらひたり。馬屋の結構にしたるに、両端綱(はづな)に繋がせ、「今や今や」と待つに、その様子なし。大きに嗔(いか)りて、田九郎を呼び、歯を抜くに、「いやいや板の上に繋がれしゆゑ、心たがひてあり。この後は中々奇特(きどく)あるまじき」とぞ申したる。
これよりうつけを旦九郎とはいふなり。
翻刻
一 旦九らといふ兄あり性(せい)鈍(どん)にして冨り田 九らとて弟あり性さかしくて貧(まつ)しくある/n1-18r
時弟釜をもとめ庭にて湯をわかすたきり ゐける処へ兄来るに其釜をぬき出居 の火もをかぬ路にかけぬ旦九ら見つけ是は 火もなふてたきる事如何にとあれは弟そ れこそ此比来り候火もなくて湯のわく宝 なれとかたるにぞ兄きもをつふして金十枚に かふ金をわたして後あらひてかくるにわかす 腹立しとへは其儘水を入給ははわき候はん物 あらはせ給ふたほとに今からは湯わくまし/n1-18l
きとて帰りぬ又ある時馬を一疋かふてつな く其馬屋に金を二枚入て置けり旦九ら来 り馬はいつれよりととふ弟申ける是こそ世に ためしなき名馬に候へ三日に一度はかならす 金を糞に仕候又うそをつくとてしかる馬の ゐるあたりを御見せ候へと人をしてみする に黄金あり今はうたかひなしわれにくれよ其 価金子五十枚つかはさんとてもらひたり馬屋 の結構にしたるに両はつなにつなかせ今や今やと/n1-19r
まつに其様子なし大に嗔て田九郎をよひ はをぬくにいやいや板の上につなかれし故心た かひてあり此後は中々きとくあるましき とそ申したる是よりうつけを旦九郎とは云也/n1-19l
text/sesuisho/n_sesuisho1-036.txt · 最終更新: 2021/04/11 22:44 by Satoshi Nakagawa