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古本説話集
第55話 摩訶陀の国鬼、人を食ふ事
摩訶陀国鬼食人事
摩訶陀国の鬼、人を食ふ事
校訂本文
今は昔、釈迦仏(さかほとけ)、道をおはしけるに、黄金(こがね)を多く埋みたるを御覧じて、「その蛇(じや)の上な踏みそ」と仰せられければ、御弟子、人の宝にし候金(かね)こそ候へ。いかに蛇とは仰せ候ふぞ」と申し給へば、「いざ、我はその金埋み持ちては蛇になるめれば、蛇と知りたるぞ」と仰せられければ、「げに」とこそ、誰もおぼしけれ。
摩訶陀国に鬼の現れ出できて、人を食ひければ、仏、摩訶陀国におはしたれば、逃げて、毘舎離城(びさりざう)に行きて、人を食う。また、毘舎離城におはしましければ、摩訶陀国に行きて同じやうに人を食ふ。まことにこそ、その折に仰せられたりければ、「我行ひしことは、一切衆生の苦を抜かんと思ひてこそ、芥子ばかり身を捨てぬ所なくは行ひしか。かばかりの鬼、一人をだに従へぬはあさましき事なり」と説かせ給ひければ、鬼、跡形なく失せ惑ひて、永く止まりにけり。
なににも、仏に少しも会ひまいらすべき。永くおはします仏に、えつかうまつらぬ、心憂し。
翻刻
いまはむかしさかほとけみちをおはしけるに こかねをおほくうつみたるを御らんして そのしやのうへなふみそとおほせられけれは 御てしひとのたからにし候かねこそ候へ/b170 e88
いかにしやとはおほせ候そと申給へはいさ我 はそのかねうつみもちてはしやになるめれは しやとしりたるそとおほせられけれはけにと こそたれもおほしけれまかたこくにおに のあらはれいてきて人をくひけれはほとけま かた国におはしたれはにけてひさりさうに ゆきて人をくう又ひしやりしやうにおはし ましけれはまかた国にゆきておなしやうに ひとをくふまことにこそそのをりにおほせ られたりけれは我をこなひしことは一切/b171 e88
衆生のくをぬかんと思ひてこそけしはかり みをすてぬ所なくはをこなひしかかはかり のおに一人をたにしたかへぬはあさまし き事なりととかせ給けれはおにあとかたなくう せまとひてなかくとまりにけりなににも ほとけにすこしもあひまいらすへきなかくお はします仏にえつかうまつらぬ心うし/b172 e89
text/kohon/kohon055.txt · 最終更新: 2014/09/21 13:26 by Satoshi Nakagawa