text:kohon:kohon003
古本説話集
第3話 或人、所々を歴覧する間、尼の家に入りて和歌を詠む事
或人歴覧所々間入尼家詠和哥事
或人、所々を歴覧する間、尼の家に入りて和歌を詠む事
校訂本文
今は昔、あてなる男の、いみじうすきずきしかりけるが、よろずの所の、心細げにあはれなるを見歩きける中に、小さき家のあやしげなるが、さすかに内などしたたかに造りてゐたる人有りけり。
煙も立たず、さびしげなる事限りなし。「いかなる人ぞ」と、あたりの人に問ひければ、「さる尼の候ふが、もの食ふ事も知らず、心細げにて、この年来候ふなり」といふを聞きて、
朝夕に煙も立たぬ壺屋には露の命も何にかくらん
と言ふを聞きて、この尼
玉光る女(むすめ)籠めたる壺屋には露の命も消えぬなりけり
と言ふ。
あやしくて、よく問ひ聞きければ、めでたく光り輝く女を隠し据ゑたるなりけり。尋ね出だして、人目にして、めでたくてあらせけるとや。
翻刻
いまはむかしあてなる男のいみしうすきすき しかりけるかよろすの所の心ほそけにあはれな るをみありきけるなかにちゐさき家のあや しけなるかさすかにうちなとしたたかにつくりて ゐたる人有けりけふりもたたすさひしけな る事かきりなしいかなる人そとあたりの人に/b30 e15
とひけれはさるあまのさふらふかものくふ事も しらす心ほそけにてこのとしころさふらふ 也といふをききて あさゆふにけふりもたたぬつほやには 露のいのちもなににかくらん といふをききてこのあま たまひかるむすめこめたるつほやには つゆのいのちもきえぬなりけり といふあやしくてよくとひききけれはめてた くひかりかかやくむすめをかくしすゑたるなり/b31 e15
けりたつねいたしてひとめにしてめてたくて あらせけるとや/b32 e16
text/kohon/kohon003.txt · 最終更新: 2014/09/15 21:38 by Satoshi Nakagawa