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text:karakagami:m_karakagami2-19

唐鏡 第二 周の始めより秦にいたる

19 斉 桓公

校訂本文

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斉の桓公は賢君なり。管仲といふ賢臣あり。公子糾の臣にて、桓公の鉤(こう)を射奉りし者なり。極なき讎敵1)なれども、その賢才を惜しみて、捕はれを免しなだめて、政を授け給ひき。桓公の覇(は)となりて、九度(くたび)諸侯をあはせ、一度(ひとたび)天下を匡(たす)くることは、この管仲がはかりごとなり。

桓公、好みて紫(むさらき)の衣を着給ひしかば、国の中のたかき賤しき、上の好むところとて、きほひ着ければ、「費(つひ)えなり」とて、桓公憂へ給ひしを、管仲が申しけるは、「君、紫は臭きことのはなはだしければ憎きよし、御物語あれ」となり。桓公、このよしを左右の人々に仰せられければ、三日の中に、天下に紫を着たるもの一人もなかりし。徳政とぞ申し侍りし。まことに、呉王、剣客(けんかく)を好みしかば、百姓、2)瘢瘡多かりき。楚王、細腰を好みしかば、宮中餓死多かりき。かやうのことは御用意あるべきなり。

また管仲、病する時、桓公、向かうて歎き惜しむ。次に問ひて曰く、「群臣の中に誰をか用ゐるべき」。管仲が申さく、「臣を知るは君に如くはなし」。公の曰く、「易牙(えきが)は如何(いかん)」。対(こた)へて曰く、「その子を殺して、君にかなへり。人の3)情にあらず」。公の曰く、「開方は如何」。対へて曰く、「親を倍(そむ)いて、君に適(かな)へり。人の情にあらず。近付きがたし」。公の曰く、「豎刁(じゆてう)は如何」。対へて曰く、自宮(じきう)して君にかなへり。人の情にあらず。親しみがたし」と申しける。4)

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翻刻

斉桓公は賢君也管仲といふ賢臣あり公子糾の臣にて
桓公の鈎を射たてまつりしもの也極なき讎敵(アタカタキ)なれ
共其賢才をおしみてとらはれをゆるしなためて政を/s43l・m77

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/43

さつけ給き桓公の覇(ハ)となりて九たひ諸侯をあはせ一たひ
天下を匡(タスクル)ことはこの管仲(クハンチウ)かはかりことなり桓公このみて
紫(ムラサキ)の衣をきたまひしかは国の中のたかきいやしき上の好
ところとてきほひきけれはつひへなりとて桓公うれゑ給しを管
仲か申けるは君むらさきはくさきことのはなはたしけれは
にくきよし御物かたりあれと也桓公此よしを左右の人々に
おほせられけれは三日の中に天下に紫をきたるもの
ひとりもなかりし徳政とそ申侍しまことに呉王(コワウ)釼客(ケンカク)
を好しかは百姓瘢(ハン・キス)○武勇(ブヨウ)の人をまひらす名をは穣苴(シヤウシヨ)
とそいひし晏嬰(アンエイ)の申けるはこの人文はよく衆をつけ
(○イニ瘡多カリキ楚
王細腰ヲ好シ
カハ宮中餓死
多カリキカヤウ
ノ事ハ御用意アルヘキ也又管仲病スル時桓公向(ムカウ)テ歎キ惜次ニ問曰群臣ノ中ニ誰ヲカ可用管仲カ申サク
臣ヲ知ハ君ニ如ハナシ公ノ曰ク易牙(エキカハ)如何対曰其子ヲ殺テ君ニ叶ヘリ人ニ情ニ非ス公ノ曰開方ハ如何対曰親ヲ/s44r・m78
倍(ソムイテ)君ニ適(カナヘリ)人ノ情ニアラス近付カタシ公ノ曰堅力ハ如何対曰自宮(ジキウ)シテ君ニ叶ヘリ人ノ情ニアラスシタシミカタシト
申ケル斉景公ノ御時晋ノ国燕ノ国ヨリ境ヲ侵シテ斉ノ軍ノ破シテ景公深ク愁ヘ玉フ晏嬰ト云人/s44l・m79

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/44

1)
底本「アタカタキ」と読み仮名。
2)
底本、「瘡」から本章最後まで本文を欠く。底本の異本注記により補う。
3)
「人の」は底本「人ニ」。文脈により訂正。
4)
「瘡多かりき」からここまで、底本の異本注記による。
text/karakagami/m_karakagami2-19.txt · 最終更新: 2022/11/30 01:56 by Satoshi Nakagawa