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text:karakagami:m_karakagami0-00

唐鏡 序

校訂本文

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諸寺諸山1)の浄場(じやうぢやう)に百日参籠して、難解難入(なんげなんにう)の真文(しんもん)を千部読誦し奉るべき素願(そぐわん)のおもむき、丹誠(たんせい)深しといへども、春草むなしく暮れて、秋風驚きやすく、壮日はやくかたぶきて、老年すでに至るによりて、三両年のあひだ一心他なし、頭燃(づねん)を払ふがごとくして、口業(くぎやう)怠らず、五月(さつき)のかみの十日ごろに、南海より西海におもむく。雲濤煙浪2)の路、漫々として、孤帆千里の望、眇々(べうべう)たり。十余日を経て安楽寺へ詣でつつ、寂寞無人声(じやくまくむにんしやう)の信心をすましむるものは、緱氏山(こうしざん)の秋3)の月、読誦此経典(どくじゆしきやうてん)の梵音(ぼんおん)をそふるものは伍子廟(ごしべう)の夜の潮なり。

長月の九日は4)千部結願し侍りしに、今日は重陽の宴とて、文人予参して詩宴厳重なり。去年(こぞ)の今夜「待清涼秋思詩篇独断腸。(清涼に侍して秋思の詩篇独り腸(はらわた)を断つ)」の御製作思ひ出だされて、数行の涙、一乗の文にそそく。講頌儀(こうしやうぎ)終りぬれば、涼夜やや更けて、秋風蕭諷(しうふうせつさつ)たり。

この時、二人の高僧あり。転誦の5)始めより、聴聞の体にて傍らを離れ給はず。今夜近くゐ寄りてもののたまふ。一人は師とおぼしき体なり。そののたまふ言葉は聞き知られず。いま一人の、弟子とおぼしき人にぞ6)師の言葉を伝へらるる。通事(つじ)などの儀なり。

「われは矌劫7)より法華に縁ありて、生々世々(しやうじやうせぜ)に値遇(ちぐ)し、在々所々に敬礼奉る。宋朝の仏法衰へて、この教へを崇(あが)むる人まれなるゆゑに、日本へ渡りて最前にこの寺へ詣でつるに、千部の読誦聴聞し侍りつ。この経は不老不死の良薬なり8)と、金言誠実なれば、寿命長遠にして顔色衰邁(げんしきすいまい)せず。蒼海の三たびまで桑田となりしを見侍りき。天竺は仏在世9)の国なれども、境遥かなり。震旦国のありさま、おろおろ語り申さむ。もし聞かまほしくや」とのたまふに、答へて申していはく、「今は桑門(さうもん)の世捨人なりといへども、むかしは柳市の学をつとめき。漢家の世立(よたて)書籍(しよじやく)に見えたれども、愚昧の性分明らかならず。今承らんこと、老いの幸ひにて侍りなん」と申す。

「さらば語り申さん」とて、伏羲氏(ふぎし)より以往は天地の始め、盤古王(ばんこわう)九万八千歳、その次、天皇氏・地皇氏、各一万八千歳。人皇氏、四万五千六百歳。その世には幽邈(いうはく)にして詳(つばび)らかならずとて、伏羲の御時より当時の宋朝の始め、大祖皇帝建隆庚申年まで、一万五千一百三十年の間のことを語り給ふに、水の流るるがごとくにとどこほりなし。「聴聞の喜びにおろおろ語り申しつ。後会は慈尊三会(じそんさんゑ)の暁を期すべし」とて立ち給へば、あひし給ひ奉りて御送りするに、大門のほどにて、かき消すやうにしてみえ給はず。名残りの惜しさ、せんかたなし。

震旦の賢王、聖主の御政、治世乱代のありさま、めでたきこともあり、あさましきこともあり、知らざらん人に語り申さまほしけれども、朝に聞きて暮れには忘るる老いの習ひなれば、つやつや覚え侍りつらねども、百分の一端を春木に記すこと、秋毫(しうがう)ばかりなり。才人のためには嘲けられぬべし。児女子(じぢよし)のためには、おのづからみとかれなん。古(いにしへ)をもて鏡とすることありとかや聞こえ給ひしかば、唐鏡(からかがみ)とや申し侍るべき。

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諸寺諸山(社イ)の浄場(シヤウチヤウ)に百日参籠して難解難入(ナンケナンニウ)の真文(シンモン)を
千部読誦したてまつるへき素願(そくわん)のおもむき丹誠(タンセイ)ふか
しといへとも春草むなしく暮て秋風驚やすく壮(サウ)日はや
くかたふきて老年すてにいたるによりて三両年のあひた
一心他なし頭燃(ツラン)をはらふかことくして口業(クキヤウ)をこたらす五月(サツキ)
のかみの十日ころに南海より西海におもむく雲濤(クモノナミ)煙浪(ケフリノナミ)の路
漫(マン)々として孤帆(コハン)千里の望眇(ヘウ)々たり十余日をへて安楽寺へ
まうてつつ寂寞無人声(シヤクマクムニンシヤウ)の信心をすましむるものは緱氏(コウシ)
山の秋○(○イニノ空也)月読誦此経典(ドクジユシキヤウテン)の梵音(ホンヲン)をそふるものは伍子廟(コシヘウ)の
夜の潮なり長月の九日は(ニイ)千部結願し侍しに今日は重陽の/s4l・m7

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/4

宴とて文人予参して詩宴厳重なり去年(コソノ)今夜侍キ
清涼秋思詩篇(シヘン)独(ヒトリ)断(タツ)腸(ハラワタ)の御製作おもひいたされて数
行の涙一乗の文にそそく講頌儀(コウシヤウキ)をはりぬれは涼夜ややふ
けて秋風蕭諷(セツサツ)たりこの時二人の高僧あり転誦の(時イ)はし
めより聴聞の体にてかたはらをはなれ給はす今夜ちかく
ゐよりてもののたまふ一人は師とおほしき体也そののたまふ
ことははききしられすいま一人の弟子とおほしき人に(ソイ)師の
ことはをつたえらるる通事(ツシ)なとの儀なり我は矌功より
法華に縁ありて生々世々に値遇(チク)し在々所々に敬礼したて
まつる宋朝(ソウテウ)の仏法おとろへて此教を崇(アカム)る人まれなるゆへに/s5r・m8
日本へわたりて最前にこの寺へまうてつるに千部の読誦聴
聞し侍つ此経は不老不死の良薬なり(ヘノイ)と金言誠実なれは
寿命長遠にして顔色衰邁(ケンシキスイマイ)せす蒼海(サウカイノ)三たひまて桑田
となりしを見侍りき天竺は仏在世(イナシ)の国なれとも境はる
かなり震旦国のありさまおろおろかたり申さむもし
きかまほしくやとのたまふにこたへて申ていはくいまは桑門
のよすて人なりといへともむかしは柳市の学をつとめき
漢家の世立(ヨタテ)書籍(シヤク)にみえたれとも愚昧の性分明ならす今
うけたまらん事老の幸にて侍なんと申すさらはかたり申
さんとて伏羲(フキ)氏より以往は天地の始盤古王九万八千歳/s5l・m9

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/5

その次天皇氏地皇氏各一万八千歳人皇氏四万五千六百歳
その世には幽邈にしてつはひらかならすとて伏羲の御時
より当時の宋朝(ソウテウ)のはしめ大祖皇帝建隆庚申
年まて一万五千一百卅二年のあひたのことをかたり給に水
のなかるるかことくにととこほりなし聴聞のよろこひにおろ
おろかたり申つ後会は慈尊(シソン)三会の暁を期すへしとて
たちたまへはあひしたまひたてまつりて御をくりするに
大門の程にてかきけすやうにしてみえ給はすなこりのおし
させんかたなし震旦の賢王聖主の御政治(チ)世乱代のあり
さまめてたきこともありあさましきこともあり知さらん人/s6r・m10
にかたり申まほしけれとも朝にききて暮にはわするる老
のならひなれはつやつやおほえ侍つらねとも百分の一端を
春木にしるすこと秋毫(シウガウ)はかりなり才人のためには嘲(アサ)
けられぬへし児女子(シチヨシ)のためにはをのつからみとかれなん古
をもて鏡とする事ありとかやきこえたまひしかは
から鏡とや申侍へき/s6l・m11

https://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100182414/viewer/6

1)
底本「山」に「社」と異本注記。
2)
くものなみけぶりのなみ
3)
底本秋に続け「ノ空也」と異本注記。
4)
底本「は」に「ニ」と異本注記
5)
底本「の」に続け「時」と異本注記。
6)
底本「ぞ」なし。底本の異本注記に従う。
7)
「矌劫」は底本「矌功」。諸本により訂正。
8)
底本「なり」に「ノ」と異本注記。
9)
底本「世」に「ナシ」と異本注記。


text/karakagami/m_karakagami0-00.txt · 最終更新: 2022/10/16 16:40 by Satoshi Nakagawa