今昔物語集
今昔、小野宮の大臣1)の大饗行ひ給ひけるに、九条大臣2)は尊者にてなむ参給へりける。
其の御送物に、得給たりける女の装束に副へられたりける紅の打たる細長を、心無かりける前駆の取て出けるに、取□して、遣水に落し入れたりければ、即ち迷(まどひ)て、取上て打振ひければ、水は走て乾きにけり。
而るに、其の湿(ぬれ)たりける方の袖の、露水に濡たりとも見えず。湿れぬ方の袖に見競けるに、只同様になむ打目有ける。此れを見る人、打物をぞ誉め感じける。
昔は打たる物も、此様(かやう)にぞ有ける。今の世には極て有難き事也、となむ語り伝へたるとや。