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text:k_konjaku:k_konjaku15-50

今昔物語集

巻15第50話 女藤原氏往生語 第五十

今昔、一人の女有けり。姓は藤原の氏也。此の女、本より心柔軟にして慈悲有けり。常に極楽に心を懸け、日夜に念仏を唱へて怠る事無かりけり。

而る間、漸く年積て、老に臨て、女人に語て云く、「我れ、年来、『極楽に生れむ』と願て、昼夜に念仏を唱つるに、今遥に微妙(めでた)き音楽の音を聞く。此れ、往生すべき相か」と。

人、此の事を聞て、貴び思ふ間、其の明る年、亦云く、「去年聞きし音楽の音、今少し近付たり。此れ、往生の期の近付く故か」と。

亦、其の明る年し、云く、「前の音楽の音、年を追て近付く。就中に近日、寝屋の上に聞ゆ。今、往生の時至れり」と云て、弥よ念仏を唱へて怠る事無し。

而る間、女、身に病無く、苦ぶ所無くして、終り貴くして失にけり。此を見聞く人、「此の女、必ず極楽に往生しぬ」と知て、悲び貴びけり。

此れを思ふに、「往生すべき人は、兼て其の相現ずる也けり」となむ語り伝へたるとや。

text/k_konjaku/k_konjaku15-50.txt · 最終更新: 2015/11/09 22:47 by Satoshi Nakagawa