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昔、男ありけり。人の娘のかしづく、「いかで、この男にもの言はん」と思ひけり。

うち出でむことかたくやありけん、もの病みになりて、死ぬべき時に、「かくこそ思ひしか」と言ひけるを、親聞きつけて、泣く泣く告げたりければ、まどひ来たりけれど、死にければ、つれづれとこもりけり。時は六月(みなつき)のつごもり、いと暑きころほひに、宵は遊びをりて、夜更けてやや凉しき風吹きけり。蛍、高く飛び上がり、この男見臥せりて、

　　ゆく蛍雲の上まで去(い)ぬべくは秋風吹くと雁(かり)に告げこせ

　　暮れがたき夏の日暮らしながむればそのこととなくものぞ悲しき

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むかし男ありけり人のむすめのかしつく
いかてこのおとこにものいはんとおもひ
けりうちいてむことかたくやありけん／s53r

ものやみになりてしぬへきときにか
くこそおもひしかといひけるをおやきき
つけてなくなくつけたりけれはまとひ
きたりけれとしにけれはつれつれと
こもりけりときはみな月のつこもり
いとあつきころをひによゐはあそびをり
て夜ふけてややすすしき風ふきけり
ほたるたかくとひあかりこのおとこ見ふ
せりて／s53l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200024817/53?ln=ja

　　ゆくほたる雲の上まていぬへくは
　　秋かせふくとかりにつけこせ
　　くれかたき夏の日くらしなかむれは
　　そのこととなくものそかなしき／s54r

【絵】／s54l

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/200024817/54?ln=ja