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text:ichigonhodan:ndl_ichigon042

一言芳談抄 巻之上

42 又云はく裘荷籠負など執しあひたるは彼を用ゆる本意を知らざるなり・・・

校訂本文

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又云はく1)、「裘荷(きうか)・籠負(ろうふ)など執しあひたるは、彼を用ゆる本意(ほい)を知らざるなり。あひかまへて、『今生は一夜の宿り、夢幻(ゆめまぼろし)の世、とてもかくてもありなむ』と、真実に思ふべきなり。生涯を軽(かろ)くし、後世を思ふゆゑ、『実(まこと)には、生きてあらんこと今日ばかり、ただ今ばか り』と真実に思ふべきなり。かく思へば、忍びがたきこともやすく忍ばれて、後世の勤めもいさましきなり。ありそめにし一期を、久しからむずるやうにだに存じつれば、今生のこと重く覚えて、一切の無道心のこと出で来るなり。某(それがし)は、三十余年、この理(ことわり)をもてあひ助かりて、今日まで僻事(ひがこと)をし出ださざるなり。今年ばかりかとさては思しかども、明年までとは存ぜざりき。今は老後なり。よろづはただ今日ばかりと覚ゆるなり。出離の詮要(せんえう)、無常を心にかくりにあるなり。

資縁無煩人(しえんむほんにん)も、のどかに後世の勤めするは、きはめてありがたきなり。これをもて思ふに、資縁の有無によらず、ただ心ざしの有無によるなり。しかれば、某(それがし)は資縁の悕望(けまう)は永く2)絶えたるなり。ただ後世ばかりぞ大切なる。また、自然(しぜん)にあれば、あらるるなり。後世を思ふ人は、出離生死(しゆつりしやうじ)の他は、何事も、『いかにも、あらばあれ』と、うち捨つる意楽(いげう)に常に住するなり。仏の御心(みこころ)に真実にかなひて、まことの供養なること、ただいささかも出離の心をおこすにあるなり。有待身(うだいしん)、縁をからずといふことなければ、紙衣(しえ)・自世事(じせいじ)、折りにしたがひて営めども、大事顔(だいじがほ)にもてなして、後世の勤めに並べたるやうに思ふこと、かへすがへす無下(むげ)のことなり。

昔の人は世を捨つるにつけて、清く素直なる振舞ひをこそしたれ。近来(このごろ)は、遁世を悪しく心得て、かへりて気汚(けぎた)なきものになりあひたるなり。後世者(ごせじや)といふものは、木をこり水を汲めども、後世を思ふ者の、木こり水を汲むにてあるべきなり。

某(それがし)は、ことにふれて、世間の不定(ふぢやう)に此身のあだなることをのみ思ふあひだ、折節につけて、起居の振舞ひまでに、危ふきこと多く覚ゆるに、御房たちは、よにあぶなかりぬべき折節にも、いささかも思ひ寄せたる気色(けしき)もなきなり。まして、うち振舞ひたる有様など、よに思ふこともなげに見ゆるなり。されば、ただ、無常の理(ことわり)も、いかにいはむにはよるべからず。いささかなりとも、心にのせての上のことなり。

後世者(ごせじや)はいつも旅に出でたる思ひに住するなり。雲の果て海の果てに行くとも、この身のあらん限りは、かたのごとくの衣食・住所なくてはかなふべからざれども、執(しふ)すると執せざるとの、ことのほかに変りたるなり。常に『一夜の宿りにして、始終のすみかにあ らず』と存ずるには、障りなく念仏の申さるるなり。

いたづらに野外に捨つる身を、出離のために捨てて、寒熱にも病患(びやうげん)にも犯さるるは、『ありがたき一期(いちご)の思ひ出かな』と、喜ぶやうなる人のありがたきなり。

非人法師(ひにんほふし)の身に学問無用といふことも、分斉(ぶんざい)あるべきことなり。器量あらむものは、かたのごとく『往生要集』の文字読み風情のことをもて、生死無常(しやうじむじやう)の詳しきありさま、念仏往生の頼もしきさまなど、時々は繰り見るべきなり。さらば、僧都御房3)も、『念仏者の十楽(じふらく)覚えざらんは、無下(むげ)のことなり』など仰せられたるなり。

また、『学問すべし』と言へばとて、『一部始終を心得わたし、文々句々、分明(ぶんみやう)に存じ知らせむ』などいふ心ざしは、ゆめゆめあるべからず。ただ、文字読みなどしたるに、やすらかに心得らるる体なる、大要・貴(たと)き所繰り見るほどのことなり。この故実を得つれば、相違なし。教えの本意(ほんい)、後世にすすむ大いなる要(かなめ)となるなり。

また、これほどのことなりとも、我執(がしふ)・名聞(みやうもん)もまさるやうに覚えば、一向にこれを停止すべし。薬を毒となすこと、かへすがへす愚かなることなり。一文一句なれども、心得によりて、念仏もまめに覚え、後世の心も進み、急ぐやうなる心ばへ出でくる体に覚えば、貴き文(もん)どもをも、時々は見るべきなり。

但し、天性器量おろかならん者は、これほどの学問もなくとも、一向称念(いつかうしようねん)すべきなり。行を真心に励まば、教えの本意(ほんい)に違ふべからず。信心道心も行すれば、おのづからおこることなり。

後世の学問は後世者(ごせじや)に会ひてすべきなり。非後世者の学生は、人を損ずるが恐しきなり。蛇(じや)の心をば蛇が知るやうに、後世のことをば後世者が知るなり。たとひ、わが心をば損ずるまではなくとも、人の欲を増しつべからむものをば、あひかまへてあひかまへて不これを持つべからず」。

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又云裘荷(きうか)籠負(ろうふ)なと執しあひたるは。彼(かれ)を用(もちゆ)る
本意(ほい)をしらざる也。あひかまへて。今生(こんじやう)は一夜(や)のやと
り。夢幻(ゆめまぼろし)の世。とてもかくてもありなむと。真実(しんじつ)に
思ふべきなり。生涯(しょうがい)をかろくし。後(ご)世をおもふ故(ゆへ)。実(まこと)/ndl1-11l

https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583390/1/11

には。いきてあらんこと。今日はかり。ただいまばか
りと真実(しんじつ)に思ふべきなり。かくおもへば。忍(しのび)がた
きこともやすく忍(しの)ばれて。後(ご)世のつとめもいさま
しき也。有(あり)そめにし。一期(ご)を久からむする様(やう)に
だに。存(そん)しつれば。今生(こんじょう)の事おもくおぼえて。一切(さい)の
無道心(むだうしん)のこと出来(いてくる)也。某(それがし)は三十余年(よねん)此理(ことわり)をもて相(あひ)
助(たすかり)て。今日まで僻事(ひがこと)をしいだささるなり。今年(ことし)ば
かりかと。さては思しかども。明年(みやうねん)まてとは存ぜざり
き。今(いま)は老後(らうご)也。よろづはただ今日ばかりと覚(おほゆ)る也/ndl1-12r
出離(しゆつり)の詮要(せんよう)無常(むじやう)を心にかくりにある也資縁無(しえんむ)
煩人(ほんにん)ものとがに。後(こ)世のつとめするは。きはめてあり
がたき也。これをもておもふに。資縁(えん)の有無(うむ)によらず
。ただ心ざしの有無(うむ)による也。然(しかれ)ば某(それがし)は資縁(しえん)の悕望(けまう)
は。なかしく絶(たえ)たる也。ただ後(ご)世ばかりぞ大切(たいせつ)なる。又自然(しぜん)
にあれば。あらるる也。後(こ)世を思ふ人は。出離(しゆつり)生死(しやうじ)のほ
かはなに事も。いかにもあらばあれと。うちすつる意(い)
楽(らく)に。つねに住(ぢう)するなり。仏(ほとけ)の御心(みこころ)に真実(しんじつ)にかな
ひて。誠(まこと)の供養(くよう)なる事。ただいささかも。出離(しゆつり)の心を/ndl1-12l

https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583390/1/12

おこすにある也。有待身(うたいしん)縁(えん)をからずといふことなけ
れは。帋衣(しゑ)自世事おりにしたがひて。いとなめとも。大
事がほにもてなして。後(ご)世のつとめにならへたる様(やう)に
思ふ事。返々無下(むげ)の事也。むかしの人は世(よ)をすつる
につけて。きよくすなほなるふるまひをこそ。し
たれ。近来(このころ)は遁世(とんせい)をあしく心えて。かへりてけきたな
きものに。成(なり)あひたる也。後(ご)世者(もの)といふものは。木(き)をこり
水(みづ)をくめとも後(ご)世をおもふものの。木こり水をく
むにてあるべきなり。某(それがし)は事にふれて。世間(せけん)の不/ndl1-13r
定(ぢやう)に。此身のあだなる事をのみ思ふあひだ。折節(おりふし)に
つけて。起居(ききょ)のふるまひまでに。あやうき事おほ
くおぼゆるに。御房(ごばう)たちは。よにあふなかりぬべき。おり
ふしにも。いささかも思ひよせたる。気色(けしき)もなき也。まして
うちふるまひたるありさまなど。よに思ふ事もなげ
にみゆるなり。さればただ。無常(むじやう)のことはりも。いかにいは
むにはよるべからず。いささかなりとも心にのせてのうへ
の事也。後(ご)世者はいつも旅(たび)にいでたる思ひに。住(ちう)する
なり。雲(くも)のはて。海のはてに行(ゆく)とも。此身のあらんか/ndl1-13l

https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583390/1/13

ぎりはかたのごとくの衣食(いしよく)住所(ぢうしよ)なくてはかなふべからさ
れども。執(しう)すると執せざるとの。事のほかにかはりたる
なり。つねに一夜(や)のやどりにして。始終(しじう)のすみかにあ
らすと。存(ぞん)するにはさはりなく。念仏(ねんぶつ)の申さるる也
いたづらに。野外(やぐわい)にすつる身を。出離(しゅつり)のためにすてて
。寒熱(かんねつ)にも病患(びやうげん)にもをかさるるは。有がたき一期(こ)の
おもひ出かなと。よろこぶ様なる人のありかたきなり。
非人法師(ひにんほうし)の身に。学問(がくもん)無用(むよう)といふことも。分斉(ぶんさい)あるへ
き事也。器量(きりやう)あらむものは。如形(かたのごとく)往生要集(あうしやうようしゆ)のもじ/ndl1-14r
よみ。ふせいの事をもて。生死(しやうじ)無常(むじやう)のくはしきあり
さま。念仏(ねんぶつ)往生(おうじやう)のたのもしき様なと。時(とき)々はくり
見るべき也。さらば僧都(そうづ)御房(ごばう)も念仏者(しや)の十楽おぼ
えさらんは。無下の事也なと。仰せられたる也。又学問(がくもん)
すべしといへばとて。一部始終(ぶししう)を心得わたし文(もん)々句(く)々
分明(ふんみやう)に存(ぞんじ)知(しら)せむなどいふ心ざしはゆめゆめあるべから
す。ただ文字(もし)よみなどしたるに。やすらかに心えら
るる体(てい)なる。大要(よう)たとき所くりみるほどの事なり
。此故実(こしつ)を得つれば。相違(さうい)なし。教(おしえ)の本意(ほんい)後(ご)世に/ndl1-14l

https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583390/1/14

すすむ。大なる要(かなめ)となる也。又これ程の事なりとも
我執(がしう)名聞(みやうもん)もまさる様におほえば。一向(かう)に可停止之(これをちやうじすべし)
。薬(くすり)を毒(どく)となす事。返々(かへすがへす)をろかなる事也。一文一句なれ
とも。心えによりて念仏もまめにおぼえ。後(ご)世の心も
すすみいそく様なる。心ばへいでくる体(てい)におほえば
。たうとき文(もん)ともをも。時(とき)々はみるべき也。但(ただし)天性(てんせい)器(き)
量(りやう)をろかならんものは。これほどの学問もなくとも
。一向称念(かうせうねん)すべき也。行(きやう)をま心にはげまば。教(おしえ)の本意(ほんい)に
たかふべからず。信心(しんしん)道(だう)心も行すれば。おのづからおこる/ndl1-15r
事也。後(ご)せの学問(がくもん)は後世者(じや)にあひてすべき也。非後(ひご)
世者(せしや)の学生は人を損(そん)ずるがをそろしき也。蛇(じや)の心
をば蛇(じや)がしるやうに。後世(ごせ)の事をは後世者(ごせじや)がしる
なり。たとひわが心をは損(そん)ずるまてはなくとも。人の欲(よく)を
ましつべからむ物をば。あひかまへてあひかまへて不可持之(これをもつべからず)/ndl1-15l

https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/2583390/1/15

2)
「永く」は底本「なかしく」。
3)
明遍
text/ichigonhodan/ndl_ichigon042.txt · 最終更新: 2023/08/23 21:28 by Satoshi Nakagawa