ユーザ用ツール

サイト用ツール


text:towazu:towazu2-32

とはずがたり

巻2 32 さても中納言中将今様器量に侍る同じくはその秘事を・・・

校訂本文

<<PREV 『とはずがたり』TOP NEXT>>

「さても中納言中将1)、今様器量に侍る。同じくは、その秘事を御許され候へ」と申さる。「さうに及ばず。京の御所はむつかし。伏見2)にて」と御約束あり。

明後日(あさて)ばかりとて、にはかに御幸あり。披露なきことなれば、人あまたも参らず。供御は臨時の供御を召さる。台所の別当一人などにてありしやらん。あちこちの歩(あり)きいしいしに、姿もことのほかになえばみたりし折節なるに、「参るべし」とてあれば、兵部卿3)も、ありしことの後は、いと申すこともなければ、何とすべきかたもなきやうに案じゐたるに、女郎花(をみなへし)の単襲(ひとへがさね)に、袖に秋の野を縫ひて、露置きたる赤色の唐衣(からぎぬ)重ねて、生絹(すずし)の小袖・袴など色々に、雪の曙の賜びたるぞ、いつよりも嬉しかりし。

大殿4)・前の殿5)・中納言中将殿、この御所には、西園寺6)・三条坊門7)・師親8)よりほかは人なし。「善勝寺9)、九条の宿所は近きほどなり。この御所には、はばかり申すべきやうなし」とて、たびたび申されしかども、「籠居の折節なれば、はばかりある」よしを申して参らざりしを、清長10)をつかはして召しあれば、参る。思ひがけぬ白拍子(しらびやうし)を二人、召し具せられたりける、誰かは知らん。

下(しも)の御所の広所(ひろどころ)にて御事(おんこと)はあり。上の御所の方に、車ながら置かる。ことども始まりて、案内を申さる。興に入らせ給ひて召さる。姉妹(おととい)と言ふ。姉二十余り、蘇芳(すわう)の単襲(ひとへがさね)に袴、妹(おとと)は女郎花(をみなへし)、素地(すぢ)の水干に萩を袖に縫ひたる大口を着たり。姉は春菊、妹若菊と言ひき。白拍子、少々申して、立ち姿御覧ぜられんといふ御気色あり。「鼓打ちを用意せず」と申す。

そのわたりにて、鼓を尋ねて、善勝寺これを打つ。まづ若菊舞ふ。その後、「姉を」と御気色あり。捨てて久しくなりぬるよし、たびたび辞退申ししを、ねんごろに仰せありて、袴の上に妹が水干を着て舞ひたりし、異様(ことやう)におもしろく侍りき。「いたく短かからず」とて、祝言(しゆげむ)の白拍子をぞ舞ひ侍りし。

御所、如法酔(ゑ)はせおはしまして後、夜更けて、やがて出だされぬ。それも知らせおはしまさず。人々は、今宵はみな御伺候、明日一度に還御などいふ沙汰なり。

<<PREV 『とはずがたり』TOP NEXT>>

翻刻

申させ給きさても中納言中将いまやうきりやうに侍る/s102l k2-75

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/102

おなしくはそのひしを御ゆるされ候へと申さるさうにおよ
はす京の御所はむつかしひ見にてと御やくそくありあさて
はかりとてにはかに御かうありひろうなき事なれは人
あまたもまいらすく御はりんしのく御をめさるたい所の別
当一人なとにて有しやらんあちこちのありきいしいしに
すかたも事のほかになへはみたりしおりふしなるにまいる
へしとてあれは兵部卿もありし事の後はいと申事も
なけれはなにとすへきかたもなきやうにあむしゐたる
にをみなへしのひとへかさねに袖に秋ののをぬいてつゆを
きたるあか色のからきぬかさねてすすしの小袖はかまなと
色々に雪のあけほののたひたるそいつよりも/s103r k2-76
うれしかりし大殿さきの殿中納言中将殿この御所には
さいおんし三条はうもんもろちかより外は人なしせんせう
寺九条のしゆく所はちかきほとなりこの御所にははは
かり申へきやうなしとてたひたひ申されしかともろう
きよのおりふしなれはははかりあるよしを申てまいらさり
しをきよなかをつかはしてめしあれはまいるおもひかけぬ
しらひやうしを二人めしくせられたりけるたれかはしらん下
の御所のひろ所にて御ことはありうへの御所のかたに
車なからをかる事ともはしまりてあむないを申さる
けうにいらせ給てめさるおとといといふあね廿あまりすわう
のひとへかさねにはかまおととはをみなへしすちのすいかんに/s103l k2-77

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/103

はきを袖にぬひたる大くちをきたりあねは春きくおとと
わかきくといひきしらひやうしせうせう申てたちすかた御覧
せられんといふ御気色ありつつみうちをよういせすと申
そのわたりにてつつみをたつねてせんせうしこれをうつ
まつわかきくまうそののちあねをと御気色ありすてて
久しく成ぬるよしたひたひしたい申しをねんころに
おほせ有てはかまのうへにおととかすいかんをきて
まひたりしことやうにおもしろく侍きいたくみしか
からすとてしゆけむのしらひやうしをそまひ侍し御所
如法ゑはせおはしましてのち夜ふけてやかて出
されぬそれもしらせおはしまさす人々はこよひは/s104r k2-78
みな御しこうあす一とに還御なといふさたなり御所/s104l k2-79

http://kotenseki.nijl.ac.jp/biblio/100218515/viewer/104

<<PREV 『とはずがたり』TOP NEXT>>

1)
鷹司兼忠
2)
「伏見」は底本「ひ見」。
3)
四条隆親
4)
鷹司兼平
5)
鷹司基忠
6)
雪の曙・西園寺実兼
7)
中院通頼
8)
北畠師親
9)
四条隆顕
10)
菅原清長
text/towazu/towazu2-32.txt · 最終更新: 2019/07/13 14:54 by Satoshi Nakagawa