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沙石集

巻4第5話(33) 妻、臨終の障りになる事

校訂本文

ある山法師、世に落ちて、ある女人を語らひて、あひ住みけるほどに、この僧、病に臥して、月日を経にけるに、この妻ねんごろに看病なんどし、よろづ細やかに見扱ひければ、「かしこくして、あひ語らひける。弟子なんどの、これほどに志あることは、ありがたかるべし。心やすく臨終もしてんず」と思ひけるほどに、病、日数積もりて、すでに心弱く思えければ、もとより道心ありて、念仏の数返なんどしける者にて、「最後」と思えければ、端座合掌して、西方に向ひて、高声念仏(かうじやうねんぶつ)しけるを、この妻、「われを捨てては、いづくへおはするぞ。あら悲しや」とて、首に抱(いだ)き付きて、ひき伏せけり。

「あら口惜し。心やすく臨終せさせよ」とて、起き上がりて念仏すれば、また引き伏せ引き伏せしけり。声を上げて念仏はしけれども、引き伏せられて終りにけり。魔障のいたすところにや。まことしく、菩提心もあり、往生の志もあらんにつけては、必ず魔障あるべしと見えたり。

古き物語にも、道念ありける僧、世に落ちて、妻を語らひて、庵室にこもり居て、妻に知られずして、持仏堂に入り、端坐して、めでたく終りてけるを、妻、後に見付けて、「あら口惜し。拘留孫仏の時より付き添ひて、とりつめたりつるものを逃がしつる」とて、恐しげなる気色になりて、手を打ちて、飛びて失せにけり。発心集1)に侍るをや。

流転生死の重き障り、ただこのことなり。されば、いかにも恐るべし。これほどのことはまれなれども、妻子並み居て、悲しみ、泣き慕ふを見ては、下根の機、いかでか障りとならざらん。まめやかに生死を離れんと思はん人は、菩提の山に入る道のほだしを捨て、煩悩の海を渡る舟の纜(ともづな)を解くべし。

翻刻

  妻臨終之障成事
或山法師世ニオチテ或女人ヲカタラヒテアヒスミケルホトニ
此僧病ニフシテ月日ヲヘニケルニコノ妻ネンコロニ看病ナント
シヨロツコマヤカニ見アツカヒケレハカシコクシテアヒカタラヒケル弟/k4-143r
子ナントノコレホトニ志アル事ハアリカタカルヘシ心ヤスク臨終モ
シテンスト思ケル程ニ病日カスツモリテスデニ心ヨハク覚ヘケレ
ハ本ヨリ道心アリテ念仏ノ数返ナントシケル者ニテ最後ト覚
ヘケレハ端座合掌シテ西方ニ向テ高声念仏シケルヲ此妻我ヲ
ステテハイツクヘオハスルソアラカナシヤトテクヒニイタキツキテヒキ
フセケリアラ口惜心ヤスク臨終セサセヨトテヲキアカリテ念仏ス
レハ又ヒキフセヒキフセシケリ声ヲアケテ念仏ハシケレトモヒキフセラレ
テヲハリニケリ魔障ノイタストコロニヤマコトシク菩提心モアリ
往生ノ志モアランニツケテハ必ス魔障アルヘシト見ヘタリフルキ
物語ニモ道念アリケル僧世ニヲチテ妻ヲカタラヒテ庵室ニコモ
リ居テ妻ニシラレスシテ持仏堂ニ入リ端坐シテ目出ヲハリテケルヲ
妻後ニ見ツケテアラ口惜拘留孫仏ノ時ヨリツキソヒテトリツ/k4-143l

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=142&r=0&xywh=-262%2C324%2C5841%2C3451

メタリツルモノヲニカシツルトテオソロシケナル気色ニ成リテ手ヲ
打テトヒテウセニケリ発心集ニ侍ルヲヤ流転生死ノヲモキサハ
リタタ此コトナリサレハイカニモオソルヘシコレホトノコトハマレナレ
トモ妻子ナミヰテカナシミナキシタフヲ見テハ下根ノ機イカテカ
サハリトナラサランマメヤカニ生死ヲハナレント思ハン人ハ菩提
ノ山ニ入ルミチノホタシヲステ煩悩ノ海ヲワタル舟ノトモツナヲ
トクヘシ/k4-144r

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00012949#?c=0&m=0&s=0&cv=143&r=0&xywh=887%2C390%2C5841%2C3451

text/shaseki/ko_shaseki04b-05.txt · 最終更新: 2018/12/06 12:27 by Satoshi Nakagawa
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