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沙石集

巻1第8話(8) 生類を神明に供ずる不審の事

校訂本文

安芸の厳島1)は、菩提心祈請のために、人多く参詣するよし、申し伝へたり。そのゆゑをある人申せしは、「昔、弘法大師2)、参詣し給ひて、甚深の法味をささげ給ひける時3)、示現に、何事にても御所望のこと承るべき由(よし)仰せられけるに、『わが身には別の所望候はず。末代に菩提心祈請する人の候はんに、道心を賜(た)び候へ』と申し給ひければ、『承りぬ』と仰せありけるゆゑに、昔より、上人ども常に参詣することにてなん侍る」とぞ。

ある上人、参籠して、社頭の様なんど見ければ、海中の鱗(いろくづ)、いくらといふこともなく祭供しけり。和光の本地は仏菩薩なり。慈悲を先(さき)とし、人にも殺生を戒め給ふべきに、この様、おほきに不審(ふしん)なりければ、とりわきこのことをまづ祈請申しけり。

示現に蒙りけるは、「まことに不審なるべし。これは、因果の理(ことわり)も知らず、いたづらに物の命を殺して浮びがたき者、『われに供ぜん』と思ふ心にて、咎(とが)をわれに譲りて、かれは罪軽(かろ)く、殺さるる生類は、報命尽きて、なにとなくいたづらに捨つべき命を我に供する因縁によりて、仏道に入る方便をなす。よつて、わが力にて報命尽きたる鱗を、かり寄せて捕らするなり」と示し給ひければ4)、不審はれにけり。

江州の湖5)に、大きなる鯉を浦人捕りて殺さんとしけるを、山僧、直(あたひ)を取らせて、湖へ入れにけり。その夜の夢に、老翁一人来ていはく、「今日、わが命を助け給ふこと、大きに本意なく侍るなり。そのゆゑは、いたづらに海中にして死せば、出離の縁欠くべし。賀茂6)の贄(いけにえ)になりて、和光の方便にて出離すべく候ひなるに、命のび候ひぬ」と、恨みたる色にて言ひけると、古物語にあり7)

江州の湖を行くに、鮒の船に飛び入りたることありけるに、一説に山法師、一説には寺法師 、昔より未定なり、この鮒を取りて説法しけるは、「なんぢ、放つまじければ生くべからず。たとひ生くるとも、久しかるべからず。生ある者は必ず死す。なんぢが身は、わが腹に入らば、わが心はなんぢか身に入れり。入我我入(にふががにふ)のゆゑに、わが行業、なんぢが行業となりて、必ず出離すべし。しかれば、なんぢを食ひて、なんぢが菩提をとぶらふべし」とて、打ち殺してけり。まことに慈悲和光の心にてありけるにや。また、ただ欲しさに殺しけるにや、おぼつかなし。

信州の諏方8)、下野の宇都の宮9)、狩を宗として、鹿・鳥なんどを手向くるもこのよしにや。大権の方便は、凡夫(ぼんぶ)知るべからず。

真言の調伏の法も、世のため人のため、仇(あた)となる暴悪の者を、行者慈悲利生の意楽(いげう)に住して調伏すれば、かれ必ず慈悲に住し、悪心をやめ、後生に菩提を悟るといへり。ただ怨敵の心をもつて行ぜんは、かの法の本意にあらず。さだめて罪障なるべし。また法もなすべからず。返つて、わが身災難にあひ、罪障深し。されば、神明の方便もこの心なるべし。

およそは殺生をせずして、仏法の教のごとく戒行を守(まぼ)り、般若の法味をささげんこそ、まことには神慮にかなふべきことにて侍れ。

そのゆゑは、漢土に儒道の二教を始めて広めしに、牛・羊等をもつて孝養には祭ることなるを、古徳のいはく、「仏法はたやすく流布しがたし。よつて、天竺の菩薩、漢土に生まれて、まづ外典を広めて、父母の神識あることを知らしめ、孝養の志を教へて、仏法の方便とす」と言へり。

されば、外典の教へをば権教(ごんげう)といひて、正しき仏法にはあらず。仏法流布しぬる後は、釈教を行ずる人は、かの祭をあらためて僧の斎(とき)とし、仏法をもつて孝養の儀をなす。これをもつて思ふにも、わが国は仏法の名字も聞かず、因果の道理も知らざりし時、仏に仕へ、法を行ずべき方便に、祭といふことを教へて、やうやく仏法の方便とし給へり。

本地の御心をうかがひ、仏法の教へ広まりなば、昔のわざを捨てて、法味をささげんこそ、真実(しんじち)に神慮にかなふべきに、人の心は古くし慣れぬるわざをば捨てがたく、思ひそみぬる心は忘れがたきままに、ただものを忌み、祭を重くして、法味を奉ること少なきは、かへすがへすも愚かにこそ。和光の面(おもて)も、なほ戒を守るこそ、神慮にかなふことなれ10)

熊野へ詣でつる女房ありけり。先達(せんだつ)、この檀那の女房に心をかけて、たびたびその心を言ひける。さて、先達の心をたがへぬことなれば、すかして、「明日(あす)の夜、明日の夜」と言ひけり。

今一夜になりて、しきりに「今夜ばかりにて侍り」と言ひける日、この女房、もの思ひたる色にて、食事もせず。年ごろ近く使ひつけたる女人、主の気色を見て、「なに事を思しめし候ふぞ」と問ひければ、「しかじか」と語りて、「年久しく思ひ立ちて参詣するに、かかる心憂きことなれば、物も食はれず」と言ふ時、「さらば、ただ物も参り候へ。夜るなれば、誰とも知り候はじ。わが身、代り参らせて、いかにもなり候ふべし」と言へば、「おのれとても、身をいたづらになさんこと、悲しかるべし」とて、互ひに泣くよりほかのことなし。「しかるべき先世の契りにてこそ、主従となり参らせて候へば、御身に代りて、いたづらになり候はんこと、つやつや歎くべからず」と、うちくどきて、泣く泣く言ひけり。「さらば、」とて、物食ひてけり。

さて、夜より逢ひたりけるに、先達は、やがて金になりぬ。熊野には、死をば「金になる」と言へり。女人はことなることなし。このこと、隠すべくもなければ、世間に披露しけるに、人々、「すべて苦しからじ。ただ女人参るべし」と言ひけり。まことにつつがなし。

律の制にかなへり。同心の欲愛ならば、二人金になるべし。主のため、命を捨てて、わが愛心なきゆゑに咎(とが)なし。律制にたがはず侍るにや。熊野詣等、みな戒行にたがはず。諸の霊社に、中古より講行なんど行はるるは、本地の御意にかなふべきゆゑに、和光の威もめでたくおはすべきなり。

漢土のある山の麓(ふもと)に、霊験あらたなる社ありけり。世の人これを崇(あが)め、牛・羊・魚・鳥なんどをもつて祭る。その神、ただ古き釜なりけり。ある時、一人の禅師、かの釜を打ちて、「神、いづれの所より来たり、霊いづの所にかある」と言ひて、しかしながら打ち砕きてけり。

その時、青衣着たる俗、一人現じて、冠を傾(かたぶ)けて、禅師を礼していはく、「われ、ここにこそ多くの苦患11)を受けき。禅師の無生を説き給ふによりて、たちまちちに業苦を離れて、天に生ず。その恩、報じ難し」と言ひて去りぬ。

されば、「殺生をして祭るには、神明、苦を受け、清浄の法味を捧(ささ)げ、甚深の義理を説くには、楽を受く」と言へり。この意を得て、罪なき供物を捧げ、妙(たへ)なる法味を奉るべきなり。

翻刻

  生類神明供不審事
安芸ノ厳島ハ菩提心祈請ノ為ニ人オホク参詣スルヨシ申伝
タリ其故ヲ或人申シハ昔弘法大師参詣シ給テ甚深ノ法
味ヲササケ給ルケ時示現ニ何事ニテモ御所望ノ事承ヘキ由
仰ラレケルニ我身ニハ別ノ所望候ハズ末代ニ菩提心祈請ス
ル人ノ候ハンニ道心ヲタビ候ヘト申給ケレハ承ヌト仰有ケル/k1-21l

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故ニ昔ヨリ上人共常ニ参詣スル事ニテナン侍トソ或上人参
籠シテ社頭ノ様ナント見ケレバ海中ノ鱗イクラトイフ事モナク
祭供シケリ和光ノ本地ハ仏菩薩也慈悲ヲサキトシ人ニモ殺
生ヲイマシメ給ヘキニ此様オホキニフシンナリケレハトリワキ此事
ヲ先祈請申ケリ示現ニ蒙リケルハ誠ニフシンナルヘシ是ハ因
果ノコトハリモシラス徒ニ物ノ命ヲ殺テウカヒカタキ物我ニ供セ
ント思フ心ニテトカヲ我ニユツリテカレハツミカロクコロサルル生
類ハ報命尽テナニトナク徒ニスツヘキ命ヲ我ニ供スル因縁ニヨ
リテ仏道ニ入方便ヲナス仍我力ニテ報命尽タル鱗ヲカリヨセ
テトラスル也トシメシ給ケルハフシンハレニケリ江州ノ湖ニ大ナ
ル鯉ヲ浦人トリテ殺サントシケルヲ山僧直ヲトラセテ湖ヘ入ニ
ケリ其ノ夜ノ夢ニ老翁一人来テ云ク今日我命ヲ助ケ給事大/k1-22r
ニ無本意侍也其故ハ徒ニ海中ニシテ死セハ出離ノ縁カクヘシ
賀茂ノ贄ニナリテ和光ノ方便ニテシユツリスベク候ナルニ命ノビ
候ヌト恨タル色ニテ云ケルト古物語ニアリ江州ノ湖ヲ行ニ鮒
ノ船ニ飛入タル事有ケルニ一説ニ山法師一説ニハ寺法師
昔ヨリ未定也此フナヲ取テ説法シケルハ汝放マシケレハ不可
生タトヒ生共不可久生アル者ハ必死ス汝身ハ我腹ニ入ハ我
心ハ汝カ身ニ入レリ入我々入ノ故ニ我行業汝カ行業ト成
テ必可出離ス然ハ汝ヲ食テ汝カ菩提ヲ訪フヘシトテ打殺テ
ケリマコトニ慈悲和光ノ心ニテ有ケルニヤ又只ホシサニコロシケ
ルニヤオホツカナシ信州ノ諏方下野ノ宇都ノ宮狩ヲ宗トシテ鹿
鳥ナントヲタムクルモ此ヨシニヤ大権ノ方便ハ凡夫知ヘカラス
真言ノ調伏ノ法モ世ノ為人ノ為アタトナル暴悪ノ物ヲ行者/k1-22l

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慈悲利生ノ意楽ニ住シテ調伏スレハカレ必ス慈悲ニ住シ悪
心ヲヤメ後生ニ菩提ヲサトルトイヘリ只怨敵ノ心ヲ以行セン
ハカノ法ノ本意ニ非スサタメテ罪障ナルヘシ又法モナスヘカラ
ス返テワカ身災難ニアヒ罪障フカシサレハ神明ノ方便モ此心
ナルヘシ凡ソハ殺生ヲセスシテ仏法ノ教ノ如ク戒行ヲマホリ般
若ノ法味ヲササケンコソマコトニハ神慮ニカナフヘキ事ニテ侍レ
ソノ故ハ漢土ニ儒道ノ二教ヲ始テヒロメシニ牛羊等ヲ以孝
養ニハ祭事ナルヲ古徳ノ云仏法ハタヤスク流布シカタシ仍テ
天竺ノ菩薩漢土ニムマレテ先外典ヲヒロメテ父母ノ神識有
事ヲシラシメ孝養ノ志ヲ教テ仏法ノ方便トスト云リサレハ外
典ノ教ヲハ権教トイヒテ正シキ仏法ニハアラス仏法流布シヌル
後ハ釈教ヲ行スル人ハカノ祭ヲアラタメテ僧ノ斎トシ仏法ヲ以/k1-23r
孝養ノ儀ヲナスコレヲ以思ニモ我国仏法ノ名字モ聞カス因
果ノ道理モシラサリシ時仏ニツカヘ法ヲ行スヘキ方便ニ祭トイ
フ事ヲ教テ漸ク仏法ノ方便トシ給ヘリ本地ノ御心ヲウカカヒ
仏法ノヲシヘ弘マリナハ昔ノワサヲステテ法味ヲササケンコソ真
実ニ神慮ニカナフヘキニ人ノ心ハフルクシナレヌルワサヲハステカタ
ク思ソミヌル心ハワスレカタキママニ只モノヲイミ祭ヲオモクシテ法
味ヲ奉ル事スクナキハ返々モオロカニコソ和光ノ面モ猶戒ヲ守
ルコソ神慮ニ叶フ事ナシ熊野ヘ詣ツル女房アリケリ先達此檀
那ノ女房ニ心ヲカケテタヒタヒソノ心ヲイヒケルサテ先達ノ心ヲ
タカヘヌ事ナレハスカシテアスノ夜アスノ夜トイヒケリ今一夜ニナリテシ
キリニ今夜ハカリニテ侍リト云ケル日比女房物思タルイロニテ
食事モセス年来チカクツカヒツケタル女人主ノ気色ヲ見テ何/k1-23l

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事ヲ思食候ソト問ケレハシカシカト語リテ年ヒサシク思タチテ
参詣スルニカカル心ウキ事ナレハ物モクハレスト云時サラハ只物
モマイリ候ヘ夜ルナレハタレトモシリ候ハシ我身カハリマイラセテ
イカニモナリ候ヘシトイヘハヲノレトテモ身ヲ徒ニナサン事カナシカ
ルヘシトテ互ニ泣ヨリ外ノ事ナシ然ヘキ先世ノチキリニテコソ主
従トナリマイラセテ候ヘハ御身ニカハリテイタツラニナリ候ハン事
ツヤツヤ歎ヘカラストウチクトキテ泣々イヒケリサラハトテ物食テケ
リサテ夜ルヨリアヒタリケルニ先達ハヤカテ金ニ成ヌ熊野ニハ死
ヲハ金ニナルトイヘリ女人ハコトナル事ナシ此事カクスヘクモナケ
レハ世間ニ披露シケルニ人々都テクルシカラシタタ女人参ルヘ
シト云ケリマコトニツツカナシ律ノ制ニカナヘリ同心ノ欲愛ナラハ
二人金ニナルヘシ主ノタメ命ヲステテ我愛心ナキユヘニトカナシ/k1-24r
律制ニタカハス侍ルニヤ熊野詣等ミナ戒行ニタカハス諸ノ霊
社ニ中古ヨリ講行ナントヲコナハルルハ本地ノ御意ニ叶ヘキ故
ニ和光ノ威モ目出クオハスヘキナリ漢土ノ或山ノフモトニ霊験
アラタナル社有ケリ世ノ人コレヲアカメ牛羊魚鳥ナントヲ以祭
ルソノ神只古キ釜也ケリ或時一人ノ禅師カノ釜ヲ打テ神
何レノ所ヨリ来リ霊何ノ所ニカ有ト云テシカシナカラ打クタキテ
ケリ其時青衣キタル俗一人現シテ冠ヲカタフケテ禅師ヲ礼シテ
云ク我ココニコソ多ノ苦愚ヲウケキ禅師ノ無生ヲ説給ニヨリテ
忽チニ業苦ヲハナレテ天ニ生スソノ恩報シカタシト云テサリヌサレ
ハ殺生ヲシテマツルニハ神明苦ヲウケ清浄ノ法味ヲササケ甚
深ノ義理ヲトクニハ楽ヲウクト云リコノ意ヲ得テ罪ナキ供物ヲ
捧ケタヘナル法味ヲ奉ヘキ也/k1-24l

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1)
厳島神社
2)
空海
3)
「給ひける時」は底本「給ルケ時」。諸本により訂正
4)
「ければ」は底本「ケルハ」。諸本により訂正
5)
琵琶湖
6)
賀茂神社
8)
諏訪大社
9)
宇都宮二荒山神社
10)
「なれ」は底本「ナシ」。諸本により訂正。
11)
「苦患」は底本「苦愚」。諸本により訂正。
text/shaseki/ko_shaseki01b-08.txt · 最終更新: 2018/07/16 16:13 by Satoshi Nakagawa
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