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十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事

10の61 十月ばかり月明かりける夜経信卿をむねとして・・・

校訂本文

十月ばかり、月明かりける夜、経信卿1)をむねとして、宗俊卿2)・政長朝臣3)・院禅・慶禅・長慶・楽人三四人・宰相中将隆綱4)、管絃者にはあらねども、数寄者にてともなふ。また少将俊明5)など、おのおの車に乗りて、五節命婦、世をそむきて居たる、嵯峨の家に行きにけり。

柴の戸を入りて見れば、ものあはれなる板屋、ところどころあばれたる軒のしのぶをわけ漏る月の、御簾の内までくまなきに、香染めの几帳おし出でて対面したる、もの気色より、誰(たれ)も心澄みけり。

秋風楽三反、蘇合、みな尽して、万秋楽の序より、五帖までありけるに、涙落さぬ人なし。このうち、俊明、何ごとにも、すべて泣かざりければ、「犬目の少将」といはれけるぞ、今夜は人にもすぐれて、袖をしぼるばかりなり。隆綱・俊明、ともに立ちて舞ひけり。

楽終りて、院禅・慶禅ことに調子を弾く。宗俊卿・主(あるじ)の尼公、琴を弾く。経信卿・長慶、琵琶を弾く。人々、涙にむせびて、楽の時にはすぐれたりけり。夜明けにけれど、日出でなどするまで、帰りもやらず。

この主は、五節の命婦にて、麗景殿の女御6)の女房なり。なき数寄者にて、朝夕琴をさし置くことなかりけり。その積り7)にや、かき鳴らすより、あはれ先に立ちて、涙を落す徳なんありけり。

翻刻

六十四十月ハカリ月アカカリケル夜、経信卿ヲ宗トシテ宗俊卿
      政長朝臣院禅慶禅長慶楽人三四人宰相中将
      隆綱、管絃者ニハアラネトモ、スキモノニテトモナフ、又少将
      俊明ナト各車ニ乗テ五節命婦世ヲソムキテヰタ/k104
      ル嵯峨ノ家ニ行ニケリ、柴ノ戸ヲ入テミレハ、モノアハレナ
      ルイタヤ、トコロトコロアハレタル軒ノシノフヲワケモル月ノ、ミス
      ノ内マテクマナキニ、カウソメノキチヤウオシイテテ対面シ
      タル物ノケシキヨリ、タレモ心スミケリ、秋風楽三反蘇合
      ミナツクシテ、万秋楽ノ序ヨリ五帖マテ有ケルニ、涙落
      サヌ人ナシ、コノウチ俊明何事ニモ惣テ泣サリケレハ、犬目
      ノ少将トイハレケルソ今夜ハ人ニモ勝レテ袖ヲシホルハカ
      リナリ、隆綱俊明共ニ立テ舞ケリ、楽ヲハリテ院禅
      慶禅コトニ調子ヲ引ク、宗俊卿アルシノ尼公琴ヲ引
      経信卿長慶比巴ヲヒク、人々涙ニムセヒテ楽ノ時ニハ/k105
      勝レタリケリ、夜アケニケレト、日出ナトスルマテ返リモヤ
      ラス、コノアルシハ五節ノ命婦ニテ麗景殿ノ女御ノ女
      房也、ナキスキモノニテ朝夕琴ヲ指置事ナカリケリ、
      ソノツモモリニヤ、カキナラスヨリ哀サキニ立テ涙ヲ落
      ス徳ナンアリケリ、/k106
1)
源経信
2)
藤原宗俊
3)
源長政
4)
源隆綱
5)
源俊明
6)
藤原延子
7)
底本「つももり」。諸本により訂正。
text/jikkinsho/s_jikkinsho10-61.txt · 最終更新: 2016/04/12 17:08 by Satoshi Nakagawa
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