Recent changes RSS feed

十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事

10の24 建仁のころ天王寺に人々参りたりける時御舎利の出でさせ給はぬ・・・

校訂本文

建仁のころ、天王寺に人々参りたりける時、御舎利の出でさせ給はぬことありけり。「罪の人あるか」とて、少々人を退(の)けなどしても、なほ出でさせ給はざりけり。

寺僧の中に、老いたる人の申しけるは、「この御中に能ある人やおはします。さらばあらはし給へ」と言ふに、中将守通1)と聞こえし人、神楽を歌ひたりければ、御舎利出でさせ給ひにけり。

天の岩戸を開けんことも思ひ出でられて、いみじかりけり。

翻刻

二十三建仁ノ頃天王寺ニ人々参タリケル時、御舎利ノ出サセ
      給ハヌ事有ケリ、罪ノ人有カトテ少々人ヲノケナトシ
      テモ、猶出サセ給ハサリケリ、寺僧ノ中ニ老タル人ノ申
      ケルハ、此御中ニ能アル人ヤオハシマス、サラハアラハシ給ヘ
      ト云ニ、中将守通ト聞ヘシ人、神楽ヲウタヒタリケレハ、
      御舎利出サセ給ニケリ、天ノ岩戸ヲアケン事モ思
      出ラレテイミシカリケリ、/k62
1)
源守通
text/jikkinsho/s_jikkinsho10-24.txt · 最終更新: 2016/03/16 23:28 by Satoshi Nakagawa
CC Attribution-Share Alike 4.0 International
Recent changes RSS feed Driven by DokuWiki

yatanavi.org ©2004-2017 Satoshi Nakagawa