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十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事

10の20 博雅三位月の明かりける夜直衣にて朱雀門の前に遊びて・・・

校訂本文

博雅三位1)、月の明かりける夜、直衣にて、朱雀門の前に遊びて、よもすがら笛を吹かれけるに、同じさまに直衣着たる男の、笛吹きければ、「誰ならん」と思ふほどに、その笛の音、この世にたぐひなく、めでたく聞こえければ、あやしくて、近寄りて見ければ、いまだ見ぬ人なりけり。われもものをも言はず、かれも言ふことなし。かくのごとく、月の夜ごとに行きあひて、吹くこと、夜ごろになりぬ。

かの人の笛の音、ことにめでたかりければ、試みに、かれを取り替へて吹きければ、世になきほどの笛なり。そののち、なほなほ月ごろになれば、行きあひて吹きけれど、「もとの笛を返し取らん」とも言はざりければ、ながく替へて、やみにけり。

三位失せて後、御門、この笛を召して、時の笛吹きどもに吹かせらるれど、その音を吹きあらはす人なかりけり。

そののち、浄蔵といふ、めでたき笛吹きありけり。召して吹かせ給ふに、かの三位に劣らざりければ、御門、御感ありて、「この笛の主(ぬし)、朱雀門の辺にて得たりけるとこそ聞け。浄蔵、この所に行きて吹け」と仰せられければ、月の夜、仰せのごとく、かれに行きて、この笛を吹きけるに、かの門の楼上に、高く大きなる音にて、「なほ逸物かな2)」と讃めけるを、「かく」と奏しければ、はじめて鬼の笛と知ろしめしけり。

「葉二(はふたつ)」と名づけて、天下第一の笛なり。その後、伝はりて、御堂入道殿3)の御物になりにけるを、宇治殿4)、平等院を造らせ給ひける時、経蔵に納められにけり。

この笛には葉二つあり。一つは赤く、一つは青くして、「朝ごとに露置く」と言ひ伝へたれば、「京極殿5)、御覧じける時は、赤葉落ちて、露置かざりける」と、富家入道殿6)、語らせ給ひけるとぞ。

笛には、皇帝・図乱転・師子・荒序、これら四秘曲といふ。それに劣らず秘するは、万秋楽の五六帖なり。

笛の最物には青葉・葉二7)・大水龍・小水龍・頭焼・雲太丸、これらなり。名によりて、おのおの由緒ありといへども、長ければ略す。

翻刻

十九博雅三位月ノアカカリケル夜、直衣ニテ朱雀門ノ前ニ
    遊テ終夜笛ヲ吹レケルニ、同サマニ直衣キタル男ノ笛
    吹ケレバ、誰ナラント思程ニ、其笛ノ音此世ニタクヒナク
    目出ク聞ケレハアヤシクテ、近ヨリテミケレハ未見ヌ
    人ナリケリ、我モ物ヲモイハス、カレモ云事ナシ、如此月/k57
    ノ夜毎ニ行アヒテ、吹事夜此ニナリヌ、彼人ノ笛ノ音
    殊ニ目出カリケレハ、試ニカレヲ取カヘテ吹ケレハ、世ニナキ
    ホトノ笛也、其後猶々月頃ニナレハ、行アヒテ吹ケレト、本
    ノ笛ヲカヘシトラントモイハサリケレハ、永クカヘテヤミニケ
    リ、三位失テ後、御門此笛ヲメシテ、時ノ笛フキ共ニ吹セラ
    ルレト、其音ヲ吹アラハス人無リケリ、其後浄蔵ト云目
    出キ笛吹有ケリ、召テ吹セ給ニ、彼三位ニヲトラサリケ
    レハ、御門御感有テ、此笛ノヌシ朱雀門ノ辺ニテ得タリ
    ケルトコソキケ、浄蔵此所ニ行テフケト被仰ケレハ、
    月ノ夜仰ノコトク彼ニユキテ此笛ヲ吹ケルニ、彼門ノ楼/k58
    上ニ高ク大ナル音ニテ、猶一モチカチトホメケルヲ、カク
    ト奏シケレハ、始テ鬼ノ笛ト知食ケリ、葉二ト名テ
    天下第一ノ笛也、其後ツタハリテ御堂入道殿ノ御物
    ニ成ニケルヲ、宇治殿平等院ヲ造セ給ケル時、経蔵ニ
    オサメラレニケリ、此笛ニハ葉二アリ、一ハアカク一ハ青ク
    シテ、朝毎ニ露ヲクト云伝タレハ、京極殿御覧シケル
    時ハ、赤葉落テ露ヲカサリケルト、冨家入道殿カタラ
    セ給ケルトソ、笛ニハ皇帝図乱転師子荒序コレラ
    四秘曲ト云、ソレニヲトラス秘スルハ万秋楽ノ五六帖也、
    笛ノ最物ニハ青葉二大水龍小水龍頭焼雲太丸/k59
    是等也、名ニヨリテ各由緒有ト云ヘトモ、長ケレハ略ス、/k60
1)
源博雅
2)
「逸物かな」は底本「一もちかち」。諸本により訂正。
3)
藤原道長
4)
藤原頼通
5)
藤原師実
6)
藤原忠実
7)
底本「葉」なし。諸本により補入。
text/jikkinsho/s_jikkinsho10-20.txt · 最終更新: 2016/03/14 16:58 by Satoshi Nakagawa
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