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十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事

7の25 成方といふ笛吹きありけり御堂入道殿より大丸といふ笛を・・・

校訂本文

成方といふ笛吹きありけり。御堂入道殿1)より大丸といふ笛を賜はりて吹きけり。

めでたきものなれば、伏見修理大夫俊綱朝臣2)、ほしがりて、「千石に買はむ」とありけるを、売らざりければ、たばかりて、使をやりて、売るべきのよし言ひけり。

そらごとをいひつけて、成方を召して、「『笛得させん』と言ひける、本意なり」とよろこびて、「あたひは乞ふによるべし」とて、ただ、「買ひに買はん」と言ひければ、成方、色を失ひて、「さること申さず」と言ふ。

この使ひを召し迎へて、尋ねらるるに、「まさしく申し候ふ」と言ふほどに、俊綱、大きに怒りて、「人をあざむき、すかすは、その咎軽(かろ)からぬことなり」とて、雑色所へ下して、木馬に乗せんとするあひだ、成方いはく、「身の暇を賜はりて、この笛を持ちて参るべし」と言ひければ、人をつけてつかはす。

帰り来て、腰より笛を抜き出でて言ふやう、「このゆゑにこそ、かかる目は見れ。情なき笛なり」とて、軒のもとに下りて、石を取りて、灰のごとくに打ち砕きつ。

大夫、「笛を取らむ」と思ふ心の深さにこそ、さまざまかまへけれ、今はいふかひなければ、いましむるに及ばずして、追ひ放ちにけり。

のちに聞けば、あらぬ笛を、大丸とて、打ち砕きて、もとの大丸はささいなく3)吹き行きければ、大夫のをこにて、やみにけり。

はじめはゆゆしくはやりごちたりけれど、つひにいだしぬかれにけり。

昔、趙の文王4)、和氏が璧、宝とせり。秦昭王、「いかで、この玉を得てしがな」と思ひて、使ひを遣はして、「十五城を分かちて、玉に替へん」と聞こゆ。趙王、大きに歎き驚きて、藺相如を使として、玉を持たせて、秦にやる。

昭王、うち取りて、返さんともせざりければ、謀りごとをめぐらして、「潔斎の人にあらざれば、この玉を取ることなし」と言ひて、玉を乞ひ取りてのち、にはかに怒れる色をなして、柱をにらみて、玉をうち割らんとす。時に、秦王、許して返してけり。

玉をこそ砕かねども、成方が風情、あひ似たり。

翻刻

廿八成方ト云笛フキ有ケリ、御堂入道殿ヨリ大丸ト云
    笛ヲ給テフキケリ、目出キ物ナレハ伏見修理太夫俊
    綱朝臣ホシカリテ、千石ニカハムト有ケルヲ、ウラサ
    リケレハ、タハカリテ使ヲヤリテ可売之由云ケリ、
    ソラコトヲ云付テ成方ヲ召テ笛得サセント云ケル
    本意也ト悦テ、アタヒハコフニヨルヘシトテ、タタカヒニ
    カハント云ケレハ、成方色ヲ失テサル事申サスト云、此
    使ヲ召迎テ尋ラルルニ、マサシク申候ト云程ニ、俊綱/k155
    大ニ怒リテ、人ヲアサムキスカスハ、其咎カロカラヌ
    事也トテ、雑色所ヘ下テ、木馬ニノセントスルアヒタ、成
    方曰、身ノ暇ヲ給テ此笛ヲ持テ参ヘシト云ケレハ、人ヲ付
    テ遣ス、帰リキテ腰ヨリ笛ヲヌキ出テ云ヤウ、此故ニ
    コソカカル目ハミレ、情ナキ笛也トテ、軒ノモトニオリテ
    石ヲ取テ灰ノコトクニ打槯キツ、太夫笛ヲ取ト
    思心ノ深サニコソサマサマ構ヘケレ、今ハ云カヒナケレハ、イ
    マシムルニ不及シテ追放ニケリ、後ニ聞ハアラヌ笛ヲ
    大丸トテ打摧キテ、本ノ大丸ハササヒナリ吹行キ
    ケレハ、太夫ノオコニテヤミニケリ、始ハユユシクハヤリ
    コチタリケレト、終ニイタシヌカレニケリ、/k156
廿九昔趙文王和氏璧タカラトセリ、秦昭王イカテ此玉ヲ
    エテシカナト思テ、使ヲ遣シテ十五城ヲ分テ玉ニカヘ
    ント聞ユ、趙王大ニ歎驚テ、藺相如ヲ使トシテ珠ヲ
    モタセテ秦ニヤル、昭王ウチトリテカヘサントモセサリ
    ケレハ、ハカリコトヲメクラシテ、ケツサイノ人ニアラサ
    レハ此玉ヲ取事ナシト云テ、玉ヲ乞取テ後俄ニ
    イカレル色ヲナシテ、ハシラヲニラミテ玉ヲウチワ
    ラントス、時ニ秦王ユルシテカヘシテケリ、玉ヲコソクタ
    カネトモ、成方風情相似タリ、/k157
1)
藤原道長
2)
橘俊綱
3)
底本「ささいなり」。諸本により訂正。
4)
恵文王
text/jikkinsho/s_jikkinsho07-25.txt · 最終更新: 2016/02/12 23:26 by Satoshi Nakagawa
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