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十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事

7の23 摂津国児屋寺といふ所に七十ばかりなる法師の一人出で来て・・・

校訂本文

摂津国、児屋寺といふ所に、七十ばかりなる法師の一人出で来て、鐘撞堂(かねつきだう)のそばの、住持の家のありけるに、宿借りてとどまりにけり。

二三日過ぎけれども、外へも行かざりければ、主の住持、あやしみて、「いかなる人の、いづくへ行くぞ」と問ひければ、旅人の法師申すやう、「さして、『いづくへまかるべし』とも思ひ定めたることもなし。子にて候ふ男、播磨国しかしかといふ所に候ふが、世の中もわびしからず、田地・所領などもあまた持ちて候ふが、妻にて候ふ女の、心ばへけしからぬによりて、過ぐべくもおぼえす候ふあひだ、うかれ出でて候ふなり。しかるべく候ひて、これにて鐘などをも撞きて参らせばや」と言ふ。

この住持、「さもありなん」と思ひて、とどめ置きたるほどに、初後夜、鐘など真心に撞きければ、「うれし」と思ふほどに、十日ばかり過ぎて、この法師、寝死(ねじに)にさしすくみてありければ、「あさまし」と思ひて、寺中ふれめぐらしければ、「よしなし法師、とどめ置きて、寺中を穢しつるよ」と沙汰しあひたるところに、紺の直垂、折烏帽子着たる男の、従者二三人ばかり具したるが、尋ね来て、「この寺に、もし、老ひたる法師などや参りたることや」と言ひければ、「かく、鐘楼のかたはらなる屋にこそ、法師の日ごろありつるが、この暁、死にて臥せる」と答ふるに、この男、寄りて、うち見て言ふやう、「この法師は、わが父にて候ふ。親ながら老いひがみて、わがもとを逃げ出でて、これにて死に候ひけり。親一人など、養ふまじき身にても候はぬに、心のけしからぬより、おこり候ひて、不思議の死して候ふ。今は、いふにかひなく候へば、葬送つかまつち候ふべし」とて、出でていぬ。

夕方になりて、乗馬の者を始めて四五十人ばかり具し来て、ひしめきけれども、寺中はこの死人を忌みければ、坊どもたてて、人もさし出でぬあひだに、「はや、この僧は、ものにかき乗せて出でていぬ」と思ふほどに、夜明けて見れば、このつき鐘失せにけり。

「不思議かな」と思ひて、葬送の松山を見れば、つき鐘は、そこにて、散々に打ち割りて、はや、取て去にけり。あとあと、鐘の砕け残りたりけり。かの松原にて、高念仏を申して、そのまぎれに、鐘を割り取りて、死人を埋むよしをしたりける。

ゆゆしき謀(たばか)りなり。

翻刻

廿六摂津国児屋寺ト云所ニ、七十計ナル法師ノ一人出来
    テ、鐘ツキ堂ノソハノ住持ノ家ノ有ケルニ、宿カリテ
    トトマリニケリ、二三日過ケレトモ、外ヘモ行サリケレハ、
    主ノ住持アヤシミテ、イカナル人ノイツクヘ行ソト問
    ケレハ、旅人ノ法師申ヤウ、サシテイツクヘ罷ルヘシトモ思
    定メタル事モナシ、子ニテ候男、播磨国シカシカト云所ニ/k146
    候カ、世中モ侘シカラス、田地所領ナトモアマタ持テ候カ、
    妻ニテ候女ノ心ハヘ、ケシカラヌニヨリテ、過ヘクモオホ
    エス候間、ウカレ出テ候也、可然候テ是ニテ鐘ナトヲモツ
    キテマイラセハヤト云、此住持サモ有ナント思テ、止置
    タルホトニ、初後夜鐘ナトマココロニツキケレハ、ウレシト思
    フホトニ、十日計過テ、此ノ法師ネ死ニサシスクミテ有
    ケレハ、浅猿ト思テ、寺中フレメクラシケレハ、吉ナシ法師
    トトメヲキテ、寺中ヲケカシツルヨト沙汰シアヒタル所ニ、
    紺直垂オリ烏帽子キタル男ノ、従者二三人計具
    タルカ尋来テ、此寺ニモシ老タル法師ナトヤ参タル
    事ヤト云ケレハ、カク鐘楼ノ傍ナル屋ニコソ、法師ノ/k147
    日来有ツルカ、此暁死テ臥ルト答ニ、此男ヨリテウチ
    見テ云ヤウ、此法師ハ我父ニテ候、親ナカラ老ヒカミテ
    我モトヲ逃出テ、是ニテ死候ケリ、親一人ナト養マシ
    キ身ニテモ候ハヌニ、心ノケシカラヌヨリヲコリ候テ、不
    思儀ノ死シテ候、今ハ云ニカヒナク候ヘハ、葬送仕候ヘ
    シトテ出テイヌ、夕方ニ成テ乗馬者ヲ始テ四五十
    人斗具来テヒシメキケレトモ、寺中ハ此死人ヲイミ
    ケレハ、坊トモタテテ人モ指出ヌ間ニ、ハヤ此ノ僧ハモノニ
    カキノセテ出テイヌト思程ニ、夜明テ見レハ、此ツキ
    カネウセニケリ、不思儀カナト思テ、葬送ノ松山ヲ
    ミレハ、ツキカネハソコニテ散々ニ打ワリテ、ハヤ取テイニ/k148
    ケリ、跡々鐘ノクタケ残リタリケリ、彼松原ニテ高
    念仏ヲ申テ、其マキレニカネヲワリトリテ、死人ヲウ
    ツム由ヲシタリケル、ユユシキタハカリナリ、/k149
text/jikkinsho/s_jikkinsho07-23.txt · 最終更新: 2016/02/11 17:02 by Satoshi Nakagawa
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